どうせ涙をぬぐってやることもできないのだから、私はせめて、君を燃やす火になりたかった。(Another End) - 9/16

「そう、背丈もぴったりだし、似てる」
「嬢ちゃん、くろボン隊長って知ってるか?」
 あらん限りに頭を振る。
「まあ、嬢ちゃんくらいだと知らないか。有名だったんだぜ? 冥王星のくろボンってのは。そう、昔の隊長なんだけどね」
「そんなに有名だったんですか?」まだ若そうな兵士が割って入る。
「そりゃあもう。入隊して三年でウチのエースになりやがった。頭もいいし、顔もいい。だからよ、休みの日なんか大変だったんだぜ? 奴目当てのファンってのが押しかけて」
「へえー……」
 俺も素直に感心してしまった。ファンが押しかけてきたというのは初耳だ。おそらく、セレスかパラスあたりで上手くやってくれていたのだろう。
「けれどまあ、おれたちとしてみれば、ぽっと出の若造がとんとん拍子で隊長になっちまったもんだから、あまり面白くなかったわけよ。それにくろボンってのは、不愛想だし、おべっか使うような性格じゃないの。ひねてんのよ。今思えば、悪いことしたなあ、もっと優しくしてやればよかった」
 その点については、大丈夫だ。覚えていない。俺は心の中で思った。
「ちょうど嬢ちゃんくらいの背丈でな、けれどもセレスさんとパラスさんがでっかいもんだから、間に挟まれるとちんちくりんでな」
 うるさい。余計なお世話だ。
「けどまあ、いい奴だったよ。真っ直ぐだし、嘘がない。やることはきちんとやる。稽古は誰よりもこなすし、会議とかもすっぽかしたりしない。俺たちにもきちんと声を掛けてくれたし、なんかあれば、真っ先に飛び出していくんだ。多分ここから格納庫までのタイム計ったら、一番早かったんじゃないかなあ」
「そうそう」
「だから、余計に気の毒でね。若いのに、そんな大変な仕事やらなくちゃいけないなんて。あんな男前だったら、女の子に貢いでもらえば、一生暮らしていけそうなのに」
 俺にそんな趣味はない。気持ちはありがたいが、気の毒がられたくはない。
『くろボン』を知らない若い世代の兵士たちは、皆素直に聞いていた。頷いていた兵士が、腰をあげた。
「ところでお嬢さん、いつまでヘルメット被っているんだい?」
「えっ」
 忘れていた。すっかり話に聞き入って、目的を失念していた。
「はっはっ。そうか、そんなに気にいったならこっちおいで」
 俺は頭の三角巾が取れないよう注意しながら、被っていたヘルメットを脱ぐ。
 手招きに釣られてロッカーの脇に行くと、賽の河原に詰まれた石のように、埃まみれのヘルメットが重ねてあった。その上のを一つ取り、手ではたいて、埃を吹き飛ばす。
「ちょっとここな、目立たないけど、頭の下、穴開いてんだよ。ぱっと見わからないけどな。安全上問題があるってんで、捨てなきゃならない奴だけど。嬢ちゃん、気にいったなら、記念に持ってきな」
 これは思いがけない幸運だ。遠目には穴なんて見つからない。型も他の兵士たちが被っているのと寸分変わりない。
 俺は四方八方から眺めてそれを確認した後、思わず地声になりそうなところを制して、腹の底を凹ませながらお礼の言葉を絞り出した。
「いいってことよ」
 再び俺が入口近くで深く頭を下げると、兵士たちはひらひらと手を振った。
 ドアを閉める頃には、皆俺の存在を忘れて、話が始まっていた。
「そんな有名な人がいるなんて知らなかったな。いつの話です」
「結構最近だぜ。何年も経ってないんじゃないか」
「その人、どうしてるんです」
「それが、いつの間にか煙のように消えちゃってな」
「それこそどっかべっぴんさんと仲良く暮らしてるんじゃないか」
「違いない」
 ドアを閉めた途端、どっと笑い声が突き抜けた。
 残念。その元隊長は、今ここで、スパイごっこをしています。