国王のお墨付きをもらったからか、詰所までは何も気負うことなく、簡単にたどり着くことが出来た。
俺の記憶だと、あちこち傷みが見える結構粗末な小屋だったはずだが、新築とはいかないまでも、綺麗に補修されていたので、ひととき疑って見つめてしまった。これで兵士たちは快適に過ごせる。……のはいいが、出来れば俺がいる時にもやってほしかったものだ。もっとも、予算上大掛かりな補修をためらっていたのは他でもない俺自身だ。こうして見てみると、俺はつくづく能がなかったのだと感じる。
知らずため息をついて仰いでいると、後ろから、「おう、何か用か?」と声を掛けられて振り向いた。他にもぞくぞくと兵士が帰ってきて、代わりに詰所から別の兵士が出てくる。そうか、もう交代の時分だったか。
すっかりこの格好も馴染んでしまって、声を掛けられても不用意に驚かなくなった。それは喜ぶべきことなのかわからない。エプロンのひらひらと、糸をよじるように声を出さなくてはいけないのは、いまだに面倒だ。
どうやら顔見知りの兵士はいなそうだ。もっとも向こうは知っているかもしれないが、少なくとも近しかった人間はいない。これまでもなんとかなったし、ここでもなんとかなるだろう。そう割り切れるほどになっていた。
俺は兵士たちの後に続いて、詰所に入る。「ん?」と不思議がられたので、俺は持ってきた茶封筒を掲げた。すると、「ああそれ、あっちに入れといて」と奥にでんと構えた机を示された。あれが執務スペースだ。机は俺の在任時同様、しなびた楢の机だったので、少し安心した。
久しぶりに入る詰所は、懐かしい匂いと、新しい匂いがした。男くさい、汗臭い、と言えばいささか不潔だが、部屋で乾かしているハンカチの匂い、といえばいいだろうか。……それもあまり好ましい匂いではないか。それでもひどく昔を思い出させる匂いには違いない。幾分風通しも良くなっており、中も明るい。梁と桁の組み方も変えて、空間が広く見えるように工夫してある。
俺は思わず見とれていたが、危ない危ない。本来の目的はそれでないのだ。出来るだけ速やかに、ヘルメットを拝借するのだ。そうすれば自由に城の細部まで歩き回れる。奴を探すなど造作もない。
俺は決裁箱に茶封筒を積み重ねた。決裁箱も俺の時のまま使っているようだ。ただ俺ほど書類は詰まってなく、底が浅い。横目に捉えながらだったので、思いの外手が沈んでするっと滑りかけた。びっくりした。こんなところで転んで、騒ぎにはしたくない。
兵士たちはヘルメットを脱ぎ、ロッカーから取り出したタオルで汗を拭いていた。長椅子に腰かけたり、デカンタからコーヒーを注いだりしている。どうやら新しい親衛隊はコーヒー派が多いとみる。
そういえばもう一つ預かりものをしていたことを思い出した。ちょうどいい折だし、長椅子に囲まれたテーブルまでおずおずと進み出て、風呂敷包みを置いた。
「お?」
「王様から……です」
「おー!!」
兵士たちから歓声があがる。ぎこちない裏声もかき消してくれて助かった。兵士の一人が包みを開けると、かの有名な、王家御用達地球堂の箱が現れた。そこでもう一声喜びに湧き立つ。
その隙に、と、俺は簡素なパイプ机に近寄った。ヘルメットがずらっと並んでいる。お役目を終えたばかりなので、焼き芋のような湯気が感じられたが、この際致し方ない。俺だって入隊当時そうだったのだ。当たってしまった兵士には大変申し訳ないが、後で、そうだ地球堂の葛餅をつけて返そう。
一番端にあったヘルメットを持ち上げる。後は皆がまんじゅうに夢中の隙に、これを抱えて出口まで行けばオーケーだ。頭に被るものだけあって、片手で抱えるにはいささか大きい。慎重にいかねばならない。両手で抱えて、気づかれないように……。
「おい、どした?」
感電したようにびくっと跳ねあがった。
気づかれた!
「え、いや……」
どうにもこう咄嗟に振られると弱い。
本日幾度となく出くわした危機であるが、同じように呂律が回らなくなってしまう。
「か、かっこういいと思って……」
「おー、そうかそうか!」
俺が言うと、兵士の一人が立ち上がり、俺の肩にボン! と手を置いた。嬉しそうににっと笑っている。どうやらごまかせているらしい。
「被ってみるか?」
「え?」
「おお、そりゃあいい!」
思いがけず地球堂の銘菓にありつけて上機嫌なのか、兵士たちはやんやと囃したてた。俺としても、被れた方が都合がいい。お言葉に甘え、ヘルメットのバイザーを上げて、すぽっと頭の上に落とし込んだ。
ちょっと汗臭い。たまには手入れをしてほしい。が、この際我慢だ。四の五の言ってはいられない。
ヘルメットを被ると、なんだか視界が昔に巻き戻されたみたいで、妙にふわふわとした気分になった。
「おお、似合う似合う」
「女の子にヘルメットはないんじゃないか?」
「でもさあ、背丈高いし、ぴったりじゃん」
各位好き勝手に感想を述べる。
「こうして見ると、何か思い出すんだよなー……」
「そう、おれも思った」
「あ、あれじゃないか! くろボン隊長!」
反射的に俺はヘルメットから頭を抱えた。
