「行ってこいよ」
「なんで?」
「あそこがお前の帰る場所だ」
しろボンはゆるゆると頭を振る。
「あの人たちは真剣に探してないよ」
「俺の時もそう思ってたのか?」
「思ってない」
それきりしろボンは黙ってしまった。
俺も黙った。
二人とも、動こうとしない。
しろボンはこの城が窮屈だと言った。俺もそう思う。
広大な大陽系を治める君主にもなるやつが、どうしてこんな、俺一人で歩きまわれるような、狭い城でずっと過ごさなくてはならないんだ?
代々そうしてきた、そう言ってしまえばそれまで。
けれどこいつは宇宙の広さを知ってしまったのだ。
俺は顔を上げた。しろボンの後ろには、荘厳な質量を持って、城がそびえ立っている。まるで檻が飲み込まんとしているみたいだ。
(俺は、こいつを置いていくのか?)
唐突にそんな思いが湧き上がってきた。
この城を抜け出したいと思い、その機会をふいにしてまで来てくれたというのに、俺は自分の要件だけ済まして、こいつをここに押し付けて帰ってしまうのか。
ざっと風が吹いて、目を乾かせた。瞬きして、もう一度しろボンを見ると、俺ではなく、更に向こうの、遥か彼方を見つめていることに気がついた。
何かあるのか? 俺は振り向いた。
しかし、何もない。
身の丈十倍以上ある城壁と、その隙間から広がっている天色の空が見えるだけだ。
俺はもう一度しろボンに向き直る。相変わらず、遠くを見ている。
すると今度は、しろボンが、俺の見ている方──しろボンの後ろにそびえる城、を振り仰いだ。
そしてまた、向き直って、俺の後ろを見つめる。
いったい何がしたいんだ?
「おい──」「いや──」
俺としろボンが声を発したのは同時だった。
「くろボンが帰るのがあっちで、オレが帰るのがあっちなら──」
そう言って俺と自分の後ろを交互に見比べた。
俺が左、しろボンが右、向かい合って同じ方向に、揃って顔が向いた。
あっちは、城門だ。途中には、親衛隊の詰所もある。
「間を取って、あっちとかどう?」
あまりに無謀な提案に、思わず噴き出した。
「おいおい、危険な寄り道だな」
「寄り道じゃないよ、駆け落ち」
「それはいい」
俺はぱんと手を打った。覚悟が決まった。
歩き出すのもほぼ同時だった。
いつの間にか陽は西へ進路を取り、朱色の光を滲ませていた。冥王星に着く頃にはとうに真夜中だ。今日は天気もいいから、一面銀砂を散らした星空が出迎えてくれることだろう。
「大丈夫? 傷とか痛まない?」
「今更か」
「歩けなくなったら言ってよ。オレがおぶってあげるから!」
しろボンは鼻息荒くぽんと胸を叩いた。
「期待しておく」
「あー! 絶対信じてないでしょう!」
オレだって筋肉つけたんだよ! と腕を鉤型に曲げて見せつけてくるが、正直頼りない。
「そういやさ、さっき何か言おうとしてなかった?」
「さっき?」
「ほら、落ちてきた時さ」
「ああ」
俺が、どうしてここに来たのか言おうとした時か。
歩きながら、先ほどのまでのことを思い返す。
(俺は、別れを言いに来た)
隊長時代無茶ばかり通した反動か、元からそれほどの資質が無かったのか、体の衰えは急速に来た。
今日明日死ぬとかそのようなものではないが、自由に動き回れるのは、そう長くはない。
やつれた姿を目にかけるのか? 知らせて心を煩わせるのか?
そんなのはどちらも御免だった。
だから、俺がまだこいつの知っている『くろボン』でいられる内に、別れを言いに来たのだ。来たつもりだったが──。
「忘れた」
「なにそれ!」
しろボンはくしゃっと笑った。
広場が見えてきた。先ほどの侵入者騒ぎはどこへやら、俺が訪れた時と同じように、めいめい人がのびやかに過ごしている。その内の何人かはこちらを振り返った。兵士たちもいた。しろボンは、顔を俺に向けたまま、兵士たちが割って入ってこないよう、手で制す。
(きっと俺は、こいつに別れを告げることは出来ないのだろうな)
うっすらそう悟って、俺は笑みを浮かべていた。
しろボンと目が合って、「また笑ってる!」と冷やかされた。箸が転んでもおかしいのだ。
門は開かれている。地平線の彼方まで、道は続いている。
俺たちは並んで歩いていった。
