どうせ涙をぬぐってやることもできないのだから、私はせめて、君を燃やす火になりたかった。(Another End) - 15/16

 茂みを抜けた。人目を気にせず、廊下を突っ切る。見慣れた風景もそこかしこにあったが、感傷に浸る暇を、しろボンのスピードは許してくれない。段々人気は少なくなっていき、突き当たりのドアを開けると、懐かしい場所に出た。
 昼前に通りかかった、かつて秘密基地のあった場所だ。
 ようやくしろボンの足は落ち着いた。久々に全力で走ったからか、吐いても吐いても息が追いつかない。しろボンは中腰で項垂れる俺を気にしながらも、城壁にへばりついた植込みの方へ歩いて行った。
「もうそこは取っ払ったんだろう?」
 俺が顔を上げると、しろボンはにぃーっと薄気味悪さを含ませながら笑った。これは良からぬことを企んでいる時の顔である。
「ところがどっこい」と、疑問符を浮かべたままの俺を他所に、しろボンはがさごそと葉っぱの群れの中に手を突っ込んだ。新しい植込みとの色の境目あたりで何やら探っているようだ。俺は息を整えながら、しばらくその様子を見守った。何かを下ろすような手振りをしたかと思ったら、その色の違う新しい植込みが、真ん中から裂け、左右に開いた。
 俺はぽかんと呆気に取られてしまった。
「ね?」
 ね? じゃない。
 高くなったと思った城壁は、実は新しい隠し小屋の壁だったのだ。
 以前のはいかにも廃屋といったくたびれた趣だったのが、今ではすっかり真新しくなって、白木で統一された壁にテーブルに椅子、まるでカフェテラスのようである。持ち込んだのか、布団もあれば漫画本らしきものもある。上からランプが吊るされているのを見るに、電気も通っているらしい。一端の立派な部屋ではないか。
 俺は思わず額に手を付けていた。俺の一人芝居だった訳か。無くなったと思い込んで、勝手に傷ついていた自分が滑稽ではないか。
 しろボンがそのまま入るよう促すので、俺は頭を横に振った。
「次に取っておく」
「そう?」
 しろボンはさして気にもしない様子で、また同じようにがさごそ葉っぱの中に手を突っ込むと、中にあるのだろうレバーらしきものを引き上げた。
 ……次。
 言ってから俺は気がついた。
 俺はまた、ここに来るつもりなのだろうか?
 草で覆われた扉が閉まる。ばたんと音をたてた後、しばらく何も音がしなくなった。
 しろボンがふらりと歩き出したので、俺もそれについてゆく。つい癖で、後ろにつこうとして、ゆっくり歩いていたのだが、しろボンはそれ以上に、もう歩いているのか止まっているのかわからないような速度に緩めてきた。俺がそれに気づいて、ついに横に並んだ時には、しろボンはむすっとむくれていた。
「後ろにいたら、話が出来ないじゃんか」
 そう言って膨らませた頬をすぼませて、ぶつぶつと文句を呟く。
「人がさー、せっかく戻ってきたってのにさあ」
「そうだお前、天王星に行ってたんじゃなかったのか」
 すっかり忘れていたが、こいつは今地球にいない筈だ。
 いくらワープ航法があるとはいえ、天王星との距離ともなれば、ちょっと行ってちょっと用事を済ませてちょっと帰ってくる、というにはあまりに距離がありすぎると思うのだが。
 しかししろボンは俺の困惑などどこ吹く風で、けろりと答えた。
「行ってないよ」
「は」
「くろボンがいたから、戻ってきたんだ」
 俺がいたから?
 驚いて、動きがぴたりと止まった。ただ目だけしばたたく。
「いや、本当は行くつもりだったんだけど。お城の中って、時々窮屈なんだよね。戦争の時を思い出すと、──本当はあんまりこう思っちゃいけないんだろうけど、のびのびできて、楽しかったなあ、って。新鮮な空気が吸いたくなって、つい」
 聞いて、と言わんばかりに大げさな身振りで俺に説明をする。
 気持ちは察するに余りあるが、つい、でボンバーファイターまで持ってかれては、護衛の近衛兵たちはたまったもんじゃないだろう。
 俺が黙っているので、しろボンはそのまま話を進める。
「だからさ、いつもなんだけど、抜け出す度、今度こそは戻ってやんないぞ! って思うんだけど、どうしても戻ってきちゃうんだよねえ。なんでだろうね、みんなの顔が浮かんでさ。おれがいなくなったら、みんな会いに来れなくなっちゃうじゃない。
 今日もね、やっぱり戻ってやんないぞ! って思ったんだけど、ガイアに乗ってなんとなく下を見たら、なんか見覚えのある黒豆みたいなのが見えて。よくよく見たらくろボンじゃないか、って、急いで引き返してきたんだ」
「黒豆とは随分だな」
 多少なり不快感はあったが、事実空から見下ろせばそう映るに違いない。それよりも、いくら加速途中とはいえ、あんな上空からよく俺だと気がついたものだ。果たして逆の立場だったら、俺は気がついただろうか?
 段々と、体の中心から、熱が上ってくるのを感じた。
 柄にもなく俺は照れているのだ。恥ずかしい。手足の動きが鈍いのは、怪我のせいではない。ぎくしゃくする。
 俺を見つけて戻ってきたとは……。
 時々こいつは、無意識でこういうことを言う。自覚がないだけ、余計に性質が悪い。
 騒ぎのせいか、先ほどまで人がいたところも、すっかりがらんとなっていた。得体の知れない侵入者が、その辺をうろうろしているかもしれない。無用に外に出るなと言われたのだろう。
 ……ん? いや待て。
 もしや侵入者とは俺ではなくて……。
「お前……」「あっ」
 俺が声を掛けたところで、隣のしろボンは声を上げて、向こうを見つめたまま止まった。
 何が起きたのかと、俺も同じ方に目をやる。
 何十もの兵士がたむろしている。幸いにも、こちらはよく見えていないようだが、俺たちがこのまま突っ切れば、見つかるのは間違いない。途中に隠れられるような所もない。
 俺は斜めを見上げた。監視カメラがきょろきょろ目を動かしている。侵入者となれば、まずカメラの映像を洗うだろう。しろボンと会ってからはまったくの無警戒だった為、見つかるのは時間の問題、もうまもなくだ。
 ……ここまで、か。
 俺はしろボンからそっと距離を置いた。気づいたしろボンがはっとこちらを見た。真顔だった。不安そうにも見えた。