どうせ涙をぬぐってやることもできないのだから、私はせめて、君を燃やす火になりたかった。(Another End) - 12/16

 神妙な心持のまま、気がつくと階段の踊り場に差し掛かっていた。そのまま先輩についていって階段を下る。話によれば、あいつの部屋は下の階に移ったのだから、改めて探索する必要がある。下の階の方が人の往来が多いから、紛れやすい反面、長い時間うろうろすることになると、この兵士という格好は目立ってしまうだろう。もっと詳しく話を聞いておこうか、怪しまれるだろうか。
「君は王子に用でもあったのかい?」
「え?」
 不意に話しかけられて、俺は驚いて彼の方を見た。
「いえ、あの……」口ごもりながら、何とかうまく答えようと考える。「王子がいなくなったと聞いたもので」
 別段用はない、と答えれば手がかりが絶たれてしまう。ここは正直に言っておく方が得策だと判断した。
「ああ、それ」
 彼は大して気にもしていない風だった。俺は違和感を覚える。
 一国の王子がいなくなったというのに、あまりにあっさりしすぎではないか? あいつは大事にされていないんではないか?  俺が心配するのも変な話だが。それとも慣れっこだからなのか?
 俺が訝しんでいるのをまったく察していないようで、一人で何か頷いている。
「そっかあ、君は知らないか」
「え……何を?」
 体がすっと冷える。
 またなのだろうか。
 また、俺の知っているのは過去の話で、知らないところで歯車が回っている。
「もう見つかってるよ」
「あ、……そうですよね」
 彼がからからと笑って、俺はほっとした。
 そう、あいつがいなくなったのは朝の話。やはり昼に戻ってきたのだ。
「参ったよ。お一人で出られるのは危ないってのに。街中ならまだしも、天王星だなんて」
 息が詰まった。足が止まる。
 ……今、なんて言った?
 俺は弾かれたように彼を向く。彼は変なこと言ったか? とばかりにきょとんとしている。
「……天王星?」
「そ。今日はあおボン殿とお約束があってね、我々が送るって言ってるのに、勝手にボンバーファイターを持ち出して、馴染みの運送業者に頼んで出ていかれてしまったよ。連絡が取れてね、無事天王星に着いたようだ」
 俺はそのまま、固まってしまった。頭の中で、彼の言葉が鐘のように鳴る。
 ──王子は天王星に行かれたよ。
 あいつは、ここにはいない。
 そうか。
 元から、俺はあいつに会える筈がなかったのだ。
 俺は項垂れた。何の為にここまでやってきたんだ? まったくの無駄骨じゃないか。だから最初から、断りを入れて来れば良かったんだ。そうすれば、こんなことにはならなかったのに。
 けれど怖かった。
 俺のいない間、地球が、この国が、何事もなく動いているのを。
 俺がいなくとも、知らないところで時間が過ぎて、変わっていって、それを目の当たりにするのを。
 変わっているだろうあいつに、「オレは元気だよ」、と言われたくなかった。
 それを言われたら、俺は二度と会えなくなってしまう。
 それは望むべき光景であるのに、自分でもひねくれているとは思う。自分から離れていったくせに、やはり俺は一人になるのが嫌なのだ。俺がいなくても大丈夫などとは、嫌だ。
 ならばあいつがやさぐれていれば良かったのか。そういう訳ではない。
 あいつがどうであろうと、俺は、伝えねばならないことがあるのだ。
 けれど望みは絶たれた。あいつはここにはいない。
 もう二度と、会えることはないのだ。
 俺が魂のない彫像のように立ち尽くしてしまったのを、彼は、心配そうにのぞき込んでくる。俺は小さく頭を振った。大丈夫、と。
 本当は全然大丈夫ではない。