りりしく去ってちょっと泣く

 くろボンが、地球を去ることになった。
 戦争が終わり、復興に向けて、みんな力を合わせてがんばろう、という矢先だった。多方面で迷惑をかけたから、とは本人の弁だ。裏切者の自分が、ここにいていいはずがない。
 そんなことないよ、くろボンは、最後に助けてくれたじゃん。一緒に宇宙を救ったじゃないか。紛れもない、オレたちの仲間だよ。そう言ったけれど、くろボンは頭を振った。自分は己の野心のために、多くのものを犠牲にした。国を守る立場でありながら、多くの星を蹂躙した。その行いがもたらしたものを、この目で見て、受け止める。強さとはなんなのか。それがわからない限り、ここにいることは出来ない。くろボンの決意は固かった。
 結局、引き留めはしたが、くろボンは出ていくことになった。復興作業も、今は内務処理で手いっぱいで、他の星々へ直接見に行くことが出来ない。その現地調査の役目を、くろボンが担うことになったのだ。
 別れる前の晩、みんなで送別会を開いた。
 冥王星の出身だということ。その中でも有名な家系で、おじいさんは、教科書にも載るほど有名な科学者だということ。ボンバーファイターも、そのおじいさんが基礎部分を作ったのだといこと。あおボンが、それを聞いて興奮してたな。
 おじいさんの他には、双子の弟がいること。見た目はくろボンにそっくりだけど、性格はそれほど似てないらしい。ちょっと会ってみたいかも、と思ったり。
 むかーし地球に来て、ちょこっとだけオレに会ったって言ってたな。オレは覚えてなかったけど。
 くろボンは、こういう人が集まる場は苦手だって言ってたけど、存外楽しそうだった。言葉は少ないながらも、聞けばきちんと答えてくれた。
 みんなで集まって、ごはんを食べて、おしゃべりをする。笑う。ふざける。もっと笑う。
 こういうのって、仲間って言うんだよね。
 なんだって、もっと早く、こういうこと出来なかったんだろう。

***

 旅立ちの朝。
 雲一つない快晴だった。お日様がさんさんと照って、空を輝かせていた。まるでくろボンの為に、道を開けてくれているみたいだ。このいい天気が、ちょっとおせっかいな気がしてきて、オレの気持ちはあまり晴れない。
 ハデスとくろボン。離れたところにオレたち。きいろボン、あおボン、あかボン、みずいろボン、みどりボン、ハカセや父上やこんボン司令。乗り込む前にくろボンは振り返り、なんか別れのあいさつをしてた。じゃあな、だったか、また、だったか。正直よく聞こえていなかった。オレは頷くしか出来なかった。
 乗り込んで、バーニアが火を噴いて、ハデスが浮く。ちょっと高いところまで行った後、またこちらを振り返った。なんだよ、さっさと行けよ、さびしくなるから。心の中で悪態をつく。
 あおボンは手を振っている。きいろボンは軽く毒づく。あかボンは見守っている。みずいろボンは笑顔でいる。みどりボンは感慨深そうに眺めている。
 オレは、ぼーっとその場で立ち尽くすしか出来なかった。

 こんな気持ちは、前にも感じたことがある。
 一回目は、あおボンが海王星に行っちゃうとき。小っちゃいときから一緒にいたから、心細くて、顔をぐしゃぐしゃにして泣いたっけ。宇宙船が旅立つのを、ギリギリまで近寄って、飛び立った後も走っていって。その夜は、まくらがぐしゃぐしゃに濡れたっけ。
 けれど、人間って現金なもので、しばらく経ったら全然平気になっちゃった。連絡先は知っていたし、やり取りも出来た。だから、あんまりさびしくなくなったのかもしれない。
 二回目は、修行のために、地球を離れるとき。このときは全然泣かなかった。父上の手前、カッコつけたかったのもあるけれど、いい王子になるんだ! って、使命感というやつに、燃えあがっていた気がする。結局、修行は一旦打ち止めになっちゃったけれど。
 ゴムパッチンに似ている気がする。相手が遠くに行っちゃうと、ゴムがぐーんと伸びて、引っ張られて行っちゃう。けれどパチンと離れちゃうと、そのときばかりは痛いけど、あとは何でもなくなって、相手のことなど忘れてしまう。残るのは、痛かった、って記憶だけ。
 くろボンのことも、忘れちゃうのかな。
 機体は、すでに遠く、小っちゃくなって、わずかにエンジンの炎がきらめくだけだった。あの炎も消えたら、きっと。
 オレは胸がヒリヒリと痛んで、いたたまれなくなって、その場を駆け出した。

「……行っちゃったわね」
「まったく、カッコつけよってからに」
「さて、我々も引き揚げるとしよう。しろボン、……おや?」
「あれ、しろボンがいないです。しろボン、しろボンさーん!」

***

 地球からはるか38万キロあまり。暗闇の中で、ぽつ、ぽつと光が見える。星々に混じって、ひとつ、違う輝きが見えた。オレはそれに全速力で向かっていく。
「くろボン!」
「な、……しろボン!?」
 ハデスコスモが振り返って、くろボンの驚く表情が見えた。
「どうしてここに、月面だぞ」
「お見送り!」
 急いでガイアに乗り込んで、くろボンを尋ねて何万キロ。ちょうど月の近くまで来ていた。といっても、月面は何百キロと離れているけど。地球から月の距離に比べれば、短いもんだ。
 なつかしい。ここでくろボンと戦ったっけ。
 あの時のように、ガイアボンバーファイターと、ハデスボンバーファイターが相対する。けれど、今度は仲間として。
 そのまま、お互いしばし見つめあう。
 ……しまった。追っかけてはきたものの、どうするかは考えてなかった。
 言いたいことはあるけれど、言葉にならない。言ってしまってはいけない、言ったら壊れてしまうような気がした。別れのあいさつの一つでもしてみれば、本当におしまい、幕が下りてきてしまう気がした。
 オレにつられて、くろボンも黙る。勝手に行ったりしないが、しゃべりもしない。沈黙。長い時間。
 しかし──不意に、くろボンが笑った。
「……お前には借りがあるからな」
「借り?」
「お前を土星から連れてきて、まんまと逃げられた。海王星でも、部下をやられ、しまいにはプラズマ爆弾さえ飲み込んで、撤退を余儀なくされた。そしてこの月面では、お前に負け、あろうことか助けられた。全戦全敗だ」
「そんな……」
 オレには、勝ったという実感はなかった。ただ処刑されたくなかったし、ただネレイドを、海王星を守りたかったし、ただ戦争を止めたかった。そのために、がむしゃらにやってただけだ。何とかなったのは、運がよかったのと、一緒に戦ってくれた仲間たちがいたからだ。
「改めて星を守るにしても、お前に負けてては話にならん。また一から出直すさ。そしてお前より強くなってみせる」
「じゃあ、オレが負ければくろボンは残るの?」
「そういう話でなくてだな……」
 くろボンは呆れたような顔をして、頭をかいた。
 決意が固いのは知っている。これまで何度も引き留めた。それでも諦めきれなかった。
 戦争が始まる前、二人で地球にいるころは、すれ違っても会釈するくらいで、ろくに会話したこともなかった。なんでもっと話さなかったのか。
 もっと一緒にごはん食べたりとか、パンに塗るもの、目玉焼きに掛けるもの、オレはケーキが好きで、ピーマンが嫌い、そういう話とか。昼寝するのにちょうどいい木陰があるのとか、夕日がきれいに見えるお城の場所とか。オレが土星で修行してた頃の話とか。くろボンが来る前の話とか。そういう話をしたかった。
 逆に、くろボンの小さい頃の話とか、弟さんやおじいさんの話とか、聞いてみたかった。
 一緒に邪悪な魂を蹴散らして、仲間になれたと思ったのに。そういう友だちらしいことする前に、いなくなっちゃうなんて、あんまりだよ。
 少し泣きそうになってたかもしれない。考えれば考えるほど、じわじわと、染みるようにつらい。
「じゃあ、どうしたらいてくれる?」
 半べそになっていた。声が震えているのがわかる。これがもし、ボンバーファイターに乗ってなくて、直に会ってるのだとしたら、顔をまじまじと見られていたかもしれない。
 くろボンは、少し頭を傾げて、右上の何もないところを見るような仕草をした。しばらく目をつむって押し黙ったあと、
「どこに行ったって、いいだろう」
 そう言った。
 その通りだ。くろボンがどこに行ったって、くろボンの勝手だ。まだ一緒にいたいっていうのは、オレのワガママだ。
 だけどなんだか、その言葉の響きが、あたたかく感じられた。
「どこにいても、たとえ地球の端っこと、冥王星の端っこだとしても──つながっているのが、『友だち』というやつだろう」
 それは、オレが初めて見た、くろボンの表情だった。いつもの仏頂面とは違う、おだやかで、少しだけ目を細めて、やさしく見つめられている。
 くろボンの言った、『友だち』という言葉は、不思議とあたたかく、丸く、ふわっとして、やわらかかった。
「そうか、オレたち、もう友だちなんだもんね」
 オレは、涙と鼻水があふれ出るのを止められなかった。モニターでどうせ見えてしまうのに、恥ずかしくて腕で顔を隠す。
 スッと、ハデスが手をかざして、「あ」とくろボンが漏らした。「こういうのは、地球に入るときにやるべきだったな」言いながら、オレの前に右手を差し出す。
 握手。くろボンにとって、ハデスは体の一部みたいなものだから、ついやってしまったのだろう。
「そうだね」
 オレも頷いて、ガイアの右手を出す。
 大丈夫。プラネットエネルギーでつながってるから。気持ちはつながっているから。たとえボンバーファイター越しだとしても、その手のひらのあったかさは、感じられる。

 ……と、思ったのだけれど。
 かくん、と体が傾いた。くろボンに手を伸ばしたところで、掴みそこなって、するり、と抜けていく。
 あれ、ペダルは踏んでいるのに。おかしいな。この、後ろに引っ張られていく感覚、覚えがある。
 そっか、ここ月面。引力がある。
 つい気がゆるんで、調整を忘れていた。みるみる合間に、真っ逆さま、体が落ちてゆく。
 くろボンが、呆気に取られて、それからまた、いつもの不機嫌顔に戻るのが見えた。
「──お前というやつは!!」

 地面に叩きつけられる寸前で、なんとかくろボンに助けられたが、ちょっと背中のユニットを破損したので、自力では飛べなくなった。
 仕方なく、くろボンに担がれて、一緒に地球に戻ることになった。