すくない逢瀬のさいご(の裏側)

「なんだよこれ!」
 隣で俺の操作見ていたしろボンは、憤慨した様子で席を立った。ゲームの画面はタイトルへ戻り、バイオリンやオルガンが、軽やかな音楽を奏でている。
「どうしてこうなっちゃうんだよ!」
「それは俺が聞きたい」
 部屋に連れてこられ、椅子に座らされ、王子命令でプレイすることになったこのゲーム。いわゆる『恋愛シミュレーション』というやつらしい。画面を見たとき、速やかに回れ右をしたのだが、「すぐ終わるから」という理由で、また左に戻された。
 確かに。想定では、20分から30分、ということだったが、ものの5分で終わった。これでは細いパスタしかゆでられない。
 てっきり、ゲームの出来にご立腹なのかと思いきや、どうやら、怒りの矛先は俺だったらしい。目から火を出さんかの勢いで、こちらをねめつけてくる。

「大体なに、『ことわる』って! なんでそんな名前にしたのさ!」
「自分の名前も名乗らないやつに、名乗る名前はない」
「そうだけど!」
 しろボンは頭を抱えた。
「そこは、自分の名前を入れる場面じゃんかよお! 王子かわいそうじゃん、ずっと『ことわる』って呼び続けて!」
「そもそもそういう非現実的な名前を入力して、そのまま進むゲームがおかしい」
「そうかもしれないけど!」
 バンバンと机を叩かれる。
「もー、王子がくろボンのこと『ことわる』って言う度に、かわいそうやらおかしいやらで、涙出てきちゃったよ」
 そう言ってしろボンは目じりを拭った。さっきから、怒ったり泣いたり、感情の起伏が激しい奴だ。
 はあ、とため息をつくと、しろボンは再び腰をおろした。

「あとさ、なんで全部王子の誘い断っちゃうわけ?」
「知らない人について行ってはいけない」
「顔見知りじゃん!」
 どこぞの芸人のように、左手をバシッと突っ込まれる。
「ていうか! 最後! なんで逃げちゃったの!? くろボンだったら倒せたでしょ!?」
「確かに、俺なら倒せる。が、このゲームの人物は、俺ではない。文章を読んでいると、明らかに、訓練の量が少なかった。入隊したての若手隊員が、あれだけの体格差のある相手に、挑むのは得策ではない。最善策は、至急応援を仰ぐことだ」
「その間に王子ころされちゃったじゃん!!! ああもう!!」
 しろボンは頭を抱えてうずくまった。何がそんなにショックだったのだろうか。ここまで取り乱すのは、あまり見ない気がする。

「そもそも、なんで俺はこれをやらされてるんだ?」
 意味が分からない。王子が、親衛隊長に、あるいはしろボンが俺に、シミュレーションゲームをやらせたかった理由。何か行動パターンのデータを取るものかと思って、とりあえずは進めていたが、最後までよくわからなかった。
「だってさー、くろボンってモテるのに、そっけないんだもん。彼女になら優しいのかなー、と思って」
 しろボンは、椅子の縁を手でつかみながら、体を傾いだ。
 どうせ、大した理由でないのは想像できたが、それにしたって。呆れてものが言えない。
 いや、こいつの動機としては、十分ではあるだろう。だが。
「百歩譲って、それはいい。が、なんで相手が男なんだ?」
 タイトル画面に映し出されているのは、さきほどの王子、守備隊の先輩隊員、上官、家が隣という幼馴染、学校に遅刻しそうになって走っていたら、曲がり角でどつき倒した転校生、足が何本もある異星人、と種類に事欠かない。それら全てが男らしい。異星人含め。どういう世界設定なのだろうか。
「くろボン、女の子にも厳しいじゃん。じゃあ男の子ならどうかなって」
「どうしてそうなる」
 俺はしろボンをにらみつけた。当のしろボンは、「あーあ、つまらなーい」と言って、足を投げ出す。
 人を捕まえておいて、こんなことをやらせておいて、あまつさえ、つまらないとは。勝手にもほどがある。

「そもそもだな、王子というのがいけない」
 画面を閉じながら、そのまましろボンに、きついまなざしを据える。
「どこかの間抜けを思い出す」
「ひどーい! それってオレのこと?」
 しろボンは椅子から立ち上がった。
「ほう、間抜けという自覚はあったんだな」
「ちーがーいーまーすー。オレはカッコいいんですー。この王子のように、スラっとしてるの!」
「そんなえのきに手足生やしたような奴がいるか! 現実と鏡を見ろ」
「くろボンだって対して変わらないだろ!」
 言い争いが加熱していく。
「だいたいさあ、人ん家に来て、その言い方なくない? 本当はさー、好きなんでしょー? オレのことー?」
 ニヤニヤと、気味の悪い笑みを浮かべ、しろボンが寄ってくる。俺はそれを手で押しのけた。
「人ん家、って、城だから当たり前だろうが。それを言うなら、俺もここで寝泊まりしているから同じだ、俺の家だ」
「え!? それじゃオレたちって同じ家で暮らしてるってことじゃん! 一つ屋根の下!」
「そうだな、あ」
 売り言葉に買い言葉で、思わず返事してしまう。が、すぐにおかしいことに気がついた。
「いや違う、決してそういう訳では……」
「じゃあどういう……」

「だまらっしゃい!!!」

 部屋に、一段と大きい雷が落ちた。
 そうだ、グレイボン博士が居るのを忘れていた。

「なんじゃいきなり、人の部屋に来て。騒がしいったらありゃしない。おかげでまったくもって、研究に身が入らん!」
「オレのタブレットじゃ動かないんだもーん」
 しろボンはぶーぶーとふくれる。もちろん、俺の個人端末にも、得体のしれないソフトは入れたくないので拒否した。
 したがって、研究室に邪魔せざるを得なかったのである。

「邪魔をするなら帰ってちょ!」

 自動走行型ロボットが、こちらに近づいてくる。俺としろボンをアームで掴むと、二人仲良く部屋から追い出されてしまった。

没理由:
冗長すぎると判断して。2人をケンカさせるのが楽しかったです。