芽がでて膨らんで花が咲いたらさようなら(没)

 春が呼んでいる気がする。
 暖かさを想像する季節にしては、また寒さが尾を引いてへばりついている。だが俄かに桜にも蕾が増え始め、南の方では綻び始めている、そう聞いた。この辺はまだのようだから、今は春と冬の境界にいるのかもしれない。
 風は冷たいのに、強く吹き付ける。

「オレは、本当は王子じゃないんだ」
 そう、吹き付ける風のようだった。しろボンの言葉は、心を冷やすように、体を突き抜ける。

「本当の王子は別にいる。体が弱くてね。今まで生きていられるかわからなかった。……今でも生きているけどね。そこでオレが、代わりに王子をすることになったんだ。
 本当の親? そんなのわからないよ。敢えて言うなら、父上、ゴールデンボン王は、本当にオレの父上だよ。そのくらい、可愛がってもらってる。
 みんな何も言わないから、捨て子か何かだったと思ってる。その分、体も丈夫だったけどね。本当ならそんな正体のわからない子供を、王子の代わりなんかにしないと思うけど……そっくりでしょ? 自分で言うのもなんだけど。オレと父上って。オレが髭をつければ、父上みたいになるもん。

 でもまぁ、いくら顔が似ていたって……性格はあまり似なかったかな。のんびりはしていると思うけど……。才能もなかった。勉強できないし。よくわからない。
 体の色もね。父上は黄金色でしょう? 本当の王子は、やっぱり光ってるんだ。光沢、って言うのかな。オレなんか、のっぺりしてるし、色がない。いかにも王族、って感じがしない。
 当たり前なんだけど。王族じゃないから。

 でも似ているかどうかなんて、そんなの関係ないくらいに、父上は、オレのこと、本当に本当の子供のようにしてくれてる。
 もっとも、本当の親子なんて、どんなもんか、オレがわかりもしないけど。多分本当ならこうなんだろうな、ってオレの想像どうりなんだ。よく頭も撫でてもらったし、逆に小突かれたりもした。
 みんなもそうさ。どれくらいの人が事情を知っているか知らないけど、オレがどんなに出来損ないでも、王子、王子って言ってくれた。「王子、おはようございます」、って、そんなのだけでもうれしいんだ。

 だから、怖い。
 だって、オレのしあわせは、本当の王子のものだもの。

 父上はオレを可愛がってくれてるとは言ったけど、同じくらい、本当の、自分の子供も可愛がってる。
 たまにね、ふらっといなくなる時があるでしょう? あれ、自分の子供を見に行ってるの。昔はここより空気が綺麗だからって天王星にいたけど、今は大分よくなって、地球に来てるから、結構頻繁にね、会いに行ってるみたい。
 羨ましい? うーん……嫉妬かもなぁ。やきもち。
 よく、自分に弟とか妹とか出来た時、嫉妬するって言うじゃない。あれ。子供っぽいって、わかってはいるんだけど。

 そもそもさ、オレがやきもち妬くのっておかしいんだよね。
 それはさ、本当の王子が受け取るものであって、オレのものじゃないんだから、オレはやきもち妬かれる方、なんだよね。本当なら。

 オレのしあわせは王子のものであって、それを横取りしてるのが怖いし、いつか王子が元気になって、それが無くなっちゃうのも怖い。
 本当のオレのしあわせなんて、どこにもないんじゃないかって思うと、すごく怖い。

 君には、いつか言わなくちゃ、って思って。
 だってオレが王子だと思って、ずっと嫌々付き合ってくれてるんだとしたら、申し訳ないもの。
 なーんて……」

 しろボンは淡々と続けていた。
 それは、壊れたレコーダーのような、ノイズ代わりに少しの哀しみを雑じらせて、止まらずに続いていた。
 確かに哀しそうな顔ではあったが、泣きそうか、という訳でもない。湖の波紋を数えながら、底まで透かし見るような、そんな風に時折揺らぐ、焦点の合わない目だった。

 それが、突然崩れ、綻ぶ。
「なーんて! 信じちゃった?」
 顔を一旦覆い隠してから、手をぱっと広げてみせる、わざとらしいくらいおどけた仕草。
 ずっとしろボンを見ていたくろボンは、その変わり身に、少しだけ眉を寄せた。

「今日何日か知ってる? 四月一日だよ! 嘘ついてもいい日だよーん!」

 騙された? 騙された?
 くろボンの周りをぐるぐると、嬉々として八方から聞いてくる。くろボンは、芝生に腰を下ろしたまま、動けない。

 ──あれが演技?
 おれは見破れなかったのか?
 本当に、嘘だったのだろうか──。

 くろボンに、他人の機微を図るなど、得手としている訳がない。だから、きっとこの予感は、直観以外の何物でもない。
 演技をするなら、もっと大袈裟になるのではないか? あの静かな空気、それを演技で出せるのか?
 こんな大それた筋書きをこいつが書けるのか?
 しろボンは嘘が上手い方ではない。
 だったら今までの振る舞いは、ずっと嘘だったのか。それも出来るとは思わない。

 俯いたまま考え込んでしまったくろボンに、しろボンの足がはたと止まって、横から顔を覗きこんでくる。
「……もしかして、怒った?」
 怒ってはいない。しいて言うなら、風に揺さぶられているかのような──突如、気持ちの揺らぎが、止まった。

「嘘か嘘でないか、そんなのはどうでもいい。そんなのは、おれが騙されるか騙されないかの問題だ」
 くろボンはしろボンに視線を合わせた。
「お前が王子であろうとなかろうと、おれが『しろボン』と呼ぶのはお前一人だ」

 しろボンの顔が、一瞬張り付いて、少し不安げな表情をしてたのに、ゆっくりと崩れて、目尻が持ち上がって、眉尻が下がってくる。
 ああこれこそ泣く時の表情なのだ、とくろボンは思った。
 けれど涙は零れるかの寸前で止まって、今度は口元が緩く延びた。

「ありがと」

 たった一言、それだけ。
 ただもしかしたら、自分も似たような表情が出来たのかもしれない、と思った。

「あーあ、なんか暗い雰囲気になっちゃったな。こんなに天気もいいのに。花見日和なのに、ねえ?」
 足についた芝生を払い、陰った空気を散らすように声をあげる。
 しろボンがいつもの調子に戻ったことに安堵し、自分も一つ、冗談でも言ってやろうと心に決めた。

「おれも、お前に言いたいことがある」
「えー、なに? ジャックも?」

「──知ってるか、『ジャック』は『名無し』って意味なんだ──」

没理由:
関係性がわかりづらかったので