世界旅行者の愛し方

 この店で朝を過ごすのがすっかり習慣だ。
 朝食は、山菜のパン、木通ヨーグルト、葉っぱのサラダ、そしてブラックコーヒー。未だ物資の少ないこの星にあって、店主は「なけなしの材料を集めたんだよ」と笑うが、そんな謙遜が似合わないほど、すっかり上等に仕上がっている。
 それでもコーヒーにはかなりこだわっているらしく、どこどこ産は酸味が強くて、どこどこ産は甘い香りがする、と、大きな体を揺すって身振り手振りで話してくれた。俺としては気にするのは砂糖とミルクの量くらいだから、何の気なしに相槌を打っていたら、いつの間にか『くろボンブレンド』なる名称で専用の調合を作ってくれていた。その壜はちょうど、今目の前の店主の、後ろの棚にあるのが見える。
 つまりはそのくらい、常連だ。
 いつもここで店主の好きなクラシック音楽に耳を傾けながら朝食をとる。まるで自分が貴族か何かに生まれ変わったかのように、優雅な朝を過ごしている。

 心づくしの朝食を頂いた後、カウンターに無造作に置かれている新聞が目についた。どうやら新聞は届くようになったらしい。店主に了解を得て、俺はその新聞を広げる。
 一面記事を流し読んだ後、見出しで興味のある内容をざっと選別し、まず一番最初に読んだのは王家日報であった。ここには王族の動静が淡々と連ねられている。
 ちなみに、先日は地球宮内で壮大な鬼ごっこを開催したようだ。
 何をやっているんだか。相変わらずその思い付きがよくわからないが、暢気なのは確かであるようだ。
 しばらく記事をずっと睨んでいたので、カウンターの上から、店主が「あんた、王族マニアかね」と聞いてきたので、そんな奇特な趣味があるのかと思いつつ、ゆるく頭を振った。

「あんた、そろそろここを出るんだろう」
 店主は自前の髭をさすりながら、思いついたように尋ねてきた。
「そうだな、この辺は大体見て回った」
「おかげさまで、新聞も届くようになったし、ちらほら人も増え始めた。元々この辺は木ばっか生えて村なんか無かったからな。ありがたいとは言えねぇけど……木だって生えるのに何十年と掛かるからな。まぁ、災い転じてなんとやら、だ」
 俺は敢えて返事はせず、店主に礼を言い、店から出た。

 ドアを開けると、一面に短いハコベのような草が生い茂った平野が広がっている。
 正確に言えば、俺が焼き払ったが為に出来た平野、である。もう数年も前のことになるだろうか。幸い、俺の顔まで覚えている者はおらず、ここで俺は『地球から派遣された災害復興視察官』、のように誤解されている。少々卑怯であると思ったが、下手に明かして争いの火種を作ることはしたくないので、そのまま弁明はしないでおいた。
 瓦礫や廃材をかき集めて、この店のように、どうにかこうにか家屋の体裁を保っている建物が点々としている。近くには湧き水の源泉があり、少し行けば清流を湛えた小川もある。この辺りでは広い土地であるので、外から物資も運んできやすく、さながら小さな集落を形作っていた。
 なかなかの高地にある為、空気が少し吸いづらい気がしたが、その分澄んでいるようにも感じられた。例えば老いて余生を過ごすとして、こういったところで自給自足の生活をするのも悪くはないのかもしれない。
 辺りをじっと眺めたまま立ち尽くして、はてと思い出して俺は店に戻った。

「おや、忘れ物かい」
 店主は俺のさげた皿を片付けている。
「封筒と便箋をくれるか」
「おう、あいよ。待ってな」
 そう言って店の奥に消えると、ややあって、茶色の封筒と綴りになった紙の束を持ってきた。
「悪いな。こんなのしか無くて」
「いや。それで構わない」
 俺は再び元の席に腰かけると、気の利いた店主が「ほい」とペンまで渡してくれて、しばらく紙を睨めた後に思い立って書き始めた。

「なに、恋人にでも書くのかい」
「違う」
 カウンターから身を乗り出して、店主が口元をにやにやと吊り上げながら覗いてくる。
「じゃあ家族か」
「違う。友人です」
 ゆうじん、そう口が発音したとき、その響きに戸惑って俺は手を止めた。
 過去に言葉を一言二言しか交わしたことが無く、対峙してやっとまともに口をきいた、そんな関係が友人なら、この世の中全部が友人であふれていることになるだろう。
 俺ははっとして顔を上げ、言葉に詰まる。
「……いや、上司、いや……知り合いです」
 どうにも適切な説明が思いつかず、曖昧に言葉を濁した。
 ふうん、と店主は軽く頷く。あまり信じてはもらえていないようだ。

「まぁ、誰であろうとともかくだな、何か知らせたいことがあるのなら、通信ネットワークを使った方が良いぜ」
「何故だ?」
「いやいや、あんたなら知ってるだろう。郵便もまだ完全に直っちゃいないんだよ。新聞だってやっと来るようになったんだぜ。しかも三日前の新聞だ」
 そういえば、そうだ。
 日付に至っては、内容を追うのが先で、まったく気がついてはいなかった。
「と言ったって通信も完全じゃないが……ここら辺だと、長老のじいさん家か、その息子の若ボン家だな、出来るのは。でも、あんたの乗ってきたあのメカ……なんてったっけ、派手コスモス?」
「ハデスコスモ」
「そうそう、その派手コスモスなら出来るんだろ。だったらちゃちゃっと、そいつで伝えた方がいいよ、絶対」
 コーヒーとクラシックにはあれほど造詣が深いのに、二度も愛機を妙な名前に間違えられて、さすがにむっとせざると得なかった。
 けれど、普段散々無表情と評価される己の顔が、さらになんだか張り付いていく感じがしたのは、そういった理由ではなかった。

「──別に、届かなくてもいい。読んでもらうつもりなど、ないんだ」
「へえ?」
 俺は再びペンを走らせ始めた。
 この星ではこの店に来るのが習慣となっているように、行く先々で、思いついたように、封筒と便箋を手に入れ、今日は野宿をして野犬に襲われそうになった、とか、どこどこの名物を口にした、とか、どうでもいいことを認めては封をしている。
 何故、そんなことをしているのか、しようと思ったのか、今となっては不思議でしかない。
 多分、一方的に喋りたいだけで、答えなど、自分の理想以外求めていないのだ。
 そのくせ、差出人にはきちんと自分の名前を書かないと気が済まないし、宛名には何故かあいつの名前を書こうとして、いつも止める。きっと、俺が手紙を出す理由をこじつけるなら、一番適当な宛名だからなのだろう。

 書きたいことを記憶から引っ張り出しながら、時折手を休めつつも綴っていると、そのなんでもない様子を眺めていた店主が、例の『くろボンブレンド』で淹れたコーヒーを差し出して、うんうんと頷いた。

「──あんた、やっぱり、それは恋人だよ」
「何?」
「届かなくてもいい、だなんて、相当あんたはベタ惚れしてる。だってまるっきり恋の構図じゃないか。壮大な片思いだよ、それは」

 そんなことはない。
 封筒の表をひっくり返して、じっと見つめる。そんなことはない。解釈の違いだ。
「小説の読みすぎだ。第一、相手は男だ」
「いいじゃねぇか。愛は光を超えるんだぜ? 性別がなんぼのものさね。要は心の距離よ、心の距離」
 さっき恋と言ったじゃないか、愛と恋とは違うのではないか、そう言ってやりたかったが、揚げ足取りにしかならないし、この店主には何を言ってもロマンス気取りに解釈されそうなので、そのまま口をつぐんだ。

 今回の便箋はこの店主のおかげで話題に事欠かなかった。
 差出人に、居所は入れずに署名だけして、宛名の居所には『地球』と記入する。

 一度、本当にこの手紙を出そうと思ったことがあった。けれどもやはり出せなかった。格好悪いことこの上ないが、正直に言えば勇気がなかった。あいつの反応を想像すること自体が、とても恐ろしく感じていたのだ。
 無記名で出せば、とも思ったが、自分の名前は書かずにいられなかった。
 今度こそ店に別れを告げて、集落外れの森にあるハデスコスモの元へ戻った。そして、今回もこの手紙を封筒ごと燃してしまった。