「トリックオアトリートメント!」
……などと言われた時、常識人を自負する身として、どういう反応をするのが正解なんだろう。
しばし考えて、これが言い間違いであったことに気がつく。
「……『trick or treat』、か?」
「ああ、そうそう、それ。トリックオアトリート!」
いきなりしろボンが、人が夕餉を食している時をつけ狙い、奇妙奇天烈な格好で、こんなことを言った日には、誰だって考え込むだろう。
どのくらい格好がぶっ飛んでいるかというと、頭に生の南瓜をくり抜いた帽子、ウエスといっても過言でないボロ布の外套、その中は滅多に見ない礼服を着こんで、悪くもない眼を覆う包帯、履き慣れていないであろう爪先の尖ったブーツ、あとは何か銀色に輝く腕輪とか首輪とかとにかく眩しいもの。全身が橙・黒・白の色に分かれている。
服装センスなどわかりやしないが、あくまで俺の感想を述べるなら、頭がおかしい。
ねじが一つぶっ飛んだだけでは説明がつかない。
「ああ、これ、父上が作った南瓜」
俺が固まったまま動かないのを見て、何を勘違いしたのか格好について説明を始める。くるっとまわって一回転、いいでしょー、とか、まったく俺の感想とは正反対の同意を求めてくる。
というかあの国王、ガーデニングにまで食指を伸ばしていたのか。仕事しろ。
「なんだって、その」
「ハロウィン?」
「ハロウィンか……」
その言葉には聞き覚えがある。確か、『収穫を祝い、収穫を狙う悪霊を追い払う儀式』、だったとかなんとか。うろ覚えだが。
長い歴史の中で、すっかりお祭りのように変遷していったと把握している。
平和とは、名の通り平べったくて波がなくて、悪く言えば退屈だ。だから、何か理由をかこつけては、集まったり、祝いたがる。
このビーダ王国とて例外ではなくて、ついこの間宇宙消滅の危機があったというのに、今では既に飽きてきている。本当に、勝手だ。
もう、ハロウィンなんて割とマイナーな行事が忍び込むようになってきてたとは。
俺が言葉を継げないでいると、しろボンが両手を器型にして、差し出してくる。
「……なんだ?」「お菓子ちょーだい」
お前、そもそも同い年だろ。俺が異例の人事で隊長職にあることを差し引いても、ねだるか、普通。王子が。
「王子が物乞いみたいな真似はお止めください」
「えー、博士はくれたけどなあ」
あの野郎。
「ああ、くろボンも一緒にお菓子貰いに行」「きません」
危うく斜め上の勘違いをされるところだったので、間髪いれずに断っておいた。
「因みに、断ったらどうなるのでしょう」
もうすっかりしろボンの頭は、くり抜いた空っぽの南瓜の中に、お菓子の幻想しか詰まっていない。
もっと別の、有用な知識を詰め込んでくれたらいいのに。少し気持ちが重くなって、ついため息をつく。
「もちろん、イタズラするけど?」「どんな?」
「ええっと……くすぐるとか」「その前に手首を掴んで捻る」
「じゃあハデスに十ビーエン傷を」「修繕費は国税ですが」
「ええっと……」
既にしろボンは万策尽きたようだ。他愛のない。
お前の言うイタズラはその程度のものだったのか。
もっとも手の込んだイタズラをされても困るけれど、その時は、ぎゅうと音を吐くまで締め上げれば良いので問題ない。
「残念ですね。イタズラをするというからには、花火を仕込んだボンバーファイターに括り付けて夜空でスカイアクセルターンをするとか」
「怖いよ!」
しろボンは蒼白になって震え上がる。
ちなみにこれは、こいつがあまりに奔放なことを仕出かした時の最終手段であるということは言わないでおく。
「そのくらいの覚悟が無いのであれば、イタズラなどしようとは思わない事です」
きっぱりと告げ、俺は食器を下げるためにその場を立ち去った。
ええー……と。何か言いたそうに困惑を見せて、立ち尽くす奇天烈な王子は放っておいた。
***
まったく、誰がこんな習慣を思いついたのだろう。
もてなさなければイタズラをするなんて、脅迫罪は適用されないのだろうか。
考え込みながら、自室のドアを開け、
「お帰りなさい。アナタ。お風呂にする? ご飯にする? それともワ・タ」
すぐに閉めた。
あれはなんだ。
背にドアをぴったりつけて、一気に上がった呼吸を整えながら、今目にした光景のものを理解するため反芻する。
改めてちらりと背面を見やると、やはり俺の自室のドアだ。木目の細かい傷、落ちた色合い、間違いようがない。
なのに、中には、せっかく今日干した布団に潜り込んで横たわる、そのさっき見た奇妙奇天烈な格好に輪をかけておぞましい化粧を施した、決して王子と呼びたくないものがそこにいた。
何故新婚三択を迫られなくてはならないんだ。第一ご飯はさっき食べた。
大きく深呼吸をして、決意を新たに、改めて扉を開ける。
すると、丁寧なことに、掛け布団を綺麗に戻し、ウェットティッシュで化粧を落としているしろボンがいた。
ああやっぱり、化け物の類ではなかったのか、と変な安心感が満ちる。
「何の真似だ?」
俺はようやく言葉を発することが出来た。
「いやだって、イタズラしろって言うから……」
言っていない。
仮に言っていたとして、どうしてこういう方向へ走ったのか、その頭の南瓜ごと割って確かめたいくらいだ。
感心するとしたら、俺より後に食堂を出たというのに、すぐにこれを思いついて、窓伝いだろうか先回りをし、きちんと準備して待っていた、という、行動力と発想力だろうか。あるいは、戸締りを怠った、俺の注意力を反省すべきだろうか。
「という訳で……お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」
何が『という訳』だかさっぱりわからないが、仕切り直しといった風に、前衛的な格好そのままに、どこぞのアイドルのような決めポーズをして無心にかかる。
確かに、このようなイタズラを繰り返されてはたまらない。俺の精神衛生的に。
「……わかった」
俺は両手をあげ、降参の意を示す。
ゆるく頭を振りながら、棚の上に置かれた薄紙の包みを差し出した。
「貰い物で悪いがな。パイだそうだ。食べるか?」
「わーいいっただきまーす!」
しろボンは俺から包みを受け取るや否や、大して確認もせずに口の中へ放り込んだ。
最初こそおいしそうに味わっていたが、一口飲み込んだ辺りで、顔色が一変する。
「……くろボン、これ……」
「そういや、ゴールデンボン王が家庭菜園を始めたのは、お前がきっかけらしいな」
みるみる青ざめていくしろボンを他所に、俺は続ける。
「先ほど話を伺ってきたのだが、お前がピーマンを嫌いだって言うから、作り始めたそうだ。そのパイも、お城の近くでとれたピーマンで作ったと聞いていたのだが、そうか、国王が栽培してたのだな。まさか、残したりはしないよな。国王は、国民が汗水流して作った作物を残すなんてとんでもないと、大層お嘆きでいらしたからな」
しろボンは両手で口を押える。頬がとんでもなく膨らんでいるところを見るに、生理的に受け付けないものを、どうにか飲み込もうとしているらしい。
「もし吐き出したら……そうだな、花火を仕込んだボンバーファイターに括り付けて夜空でスカイアクセルターンを」
「ぶふぉっ」
顔からすっかり色味の抜けたしろボンに、そう耳元で囁いてやると、ついに限界を超えてしまったようで、しろボンの口から何かが零れた。
