昇って墜ちればお星さま

 俺は、頭を打ったらしい。
 医務室で診てもらったが、異常は見受けられなかった。それで日常業務へ戻っていたのだが、その様子を見たしろボンが、「絶対におかしい!」ということで、こうして国立病院の専門科へ連れられて来たのだった。おかしい、とは言ったって、一応医務室にいるのは資格を持った医官だし、設備も整っているしで、そうそう見立て違いがあるとは思えないのだが。
「お名前は?」
「くろボンです」
「出身は?」
「冥王星」
「ご職業は」
「親衛隊の隊長を勤めています」
 診察室の椅子に腰かけ、質問に答える。
 医師はふうむ、とうなった。片手でカルテに何やら書き込んでいる。シャウカステンのスキャン写真を見つめ、カルテに目を落とし、最後に俺の顔をじっと見た。
「ふうん、記憶もしっかりしているし、異常はないようだね」
 そう医師は結論付けた。

「ということで、俺は正常だそうだ」
 部屋の外で待っていたしろボンに報告する。
 が、しろボンは、丸い目を横に長くして、俺をじっと見つめてきた。
「おかしい。絶対におかしい」
「そうは言ったって、今度は専門家の見立てたぞ」
「うー……」
 それでもしろボンは、納得しかねるといった表情で、むすっと頬を膨らませた。
 病院の隠し通用口から出て、控えていた護衛の兵士に目くばせした。俺は護衛など要らなかったが、しろボンが「絶対必要だ」、と言ってきかない。忍んで来ているというのに、人数が多いと、かえって目立つではないか。
 その上、兵士が俺たちから距離を取ってはいるのに、何故かしろボンは俺にしがみついている。
 裏通りから城壁沿いに出た。この先には御用商人たちの通用口がある。決められた人間しか通れないので、一般人は少なく、見咎められる心配はない。角を曲がろうとしたところで、しろボンに止められる。
「待って。お城に行くつもり?」
「そうだが」
 しろボンは激しく頭を振った。
「今日は休んだ方がいい。一応病み上がりなんだし」
「そうか?」
 医師からお墨付きはもらったのだが。仕事をするには問題ない。
 しかし思い返してみて、その仕事がそれほどなかった。俺が怪我をしたということで、セレスやパラスが、いろいろと気を回してくれていたのだ。いつまでも任せきりとはいかないが、少なくともしろボンが心配する程度には、今の俺は心もとないのだろう。
 もっとも、こいつに限っては、心配しすぎだとは思うが。
 どうしたものかと考えあぐねた。こうして病院に引っ張られるくらいだ、仕事をしたら、またどこかへ連れていかれそうな気がする。
「なら、お言葉に甘えさせてもらう」
「そうか、よかった」
 しろボンの顔がゆるんだ。俺は手を挙げて、その先へと進んだ。
「いや待って!」
 俺の前に来て、しろボンが手を広げる。通せんぼらしい。
「どこ行くの?」
「どこって、城だが」
 指で地球宮を指し示した。とんでもない、としろボンがまた頭を振る。
「家で休んで!」
「城にも自室がある」
「いいから!」
 有無を言わせない。さながら番犬のように、唸りをあげてこちらを睨んでいる。俺が右に体を傾けようなら向かって右、左に体重を掛けたなら向かって左と、諸手を広げ、行く手をふさいでくる。バスケのフェイントか。
 いつもは締まりのない顔をしているくせに、今ばかりは目つきが鋭い。てこでも動かない、とでも言いたげだ。
 仕方ない。俺はため息をついた。
「……そこまで言うのなら、そうする」
 それを聞いて、しろボンは、ほっと胸を撫でおろしたようだった。今にも噛みつきそうだった犬ロンが、コロッと様変わりして、尾を下げたようだ。じゃあね、ゆっくり休んでね、としろボンが回れ右をするのを、俺が引き留めた。
「待て、お前はどこへ行くんだ?」
「どこって、お城だけど」
 さきほどしたようなやりとりをする。
「なぜ城に行くんだ?」
「なぜって、オレの家だし」
「俺を置いて」
 さっきまでぴったりくっついていたくせに。あっさりすぎやしないか。
「お前も家に来い」
「ええっ?」
 しろボンが目を丸くして、大きく後ずさりした。しばらく目をぱちくりさせた後、俺のおでこに手を伸ばしてくる。
「あったかい。熱あるよ、これ」
 神妙な顔をして頷く。
「それはお前の手があったかいからだろう。さっき病院で計ったが、平熱だった」
 何度も言うが、俺は正常だ。
「いやいやだってね、くろボンが休むこと、伝えなくちゃならないし」
「それはお前でなくてもいいだろう」
 俺は護衛に目をやった。了解しました、というように、頷きが返ってくる。ほら、と言っても、しろボンは苦い顔をしたままだ。
「ケーキくらいはごちそうするぞ」
「ケーキ! いや、うーん……」
 一瞬しろボンの顔が華やいだが、また渋い顔に戻り、腕を組んで考え始めた。天秤にかけているらしい。しろボンからしたら、わざわざ報告する手間が減り、ケーキまで食べられるのだから、得しかないと思うのだが。
 兵士に軽く声をかけて、俺は家の方へ歩きはじめる。しろボンは頭を傾げ、ぶつくさ言いながら、俺の後についてきたので、同意と受け取った。

***

 城下町から外れ、石畳があぜ道になる。だんだんと木々が姿を表し、代わりに家々が消えていく。後ろに山を控えた小さな集落。そこにある小さな平屋が、俺の家だ。城詰めでほとんど帰ってなかったが、人をあげられる程度には片づけてある。
「おじゃましまーす」
「適当に座ってろ」
 そろりそろりと、まるで泥ボンが忍び込むかのように、おっかなびっくりしているしろボンを、くつろぐように促す。オレお客さんじゃないんだけど、と不満げではあったが、まあ、と片手で制しながら、俺は冷蔵庫を漁った。
 卵、ある。牛乳、ある。バターは残っているし、小麦粉も確か冷凍庫にあった。はちみつもある。あとは塩と砂糖が固まってなければいいが、まあなんとかなるだろう。
 台所の上の棚から、ボウルとざるを引っ張りだす。さすがにふるいはなかったので、ざるで代わりにする。小麦粉を取り出して、上からこす。ああその前に、ボウルの重さを計っておかないと、粉の重さがわからない。
「え、なに、ケーキって、これから作るの?」
 後ろから、しろボンの戸惑ったような声がする。
「そうだが」
「いやいやいや。てっきり、お店のが残っているのかと思ったから、ついてきたのに。悪いから、いいよ。作ってもらわなくても」
「そうは言っても、卵も割ってしまったし」
 振り向いて、卵の割った小鉢を指し示す。
「手作りは嫌いか」
「いや、嫌いじゃないけどさー、なんかさー……」
 どうにも煮え切らないといった表情で、しろボンはソファーから腰を上げ、こちらへ来た。その間に俺は、卵、牛乳、砂糖塩、棚から重曹を取って、さらに混ぜる。泡だて器なんてものはないから、箸でなんとかするしかない。それにしても作り方はこれで合っているのだろうか。小麦粉を焼いてはちみつをかければ、ある程度味は大丈夫とは思うのだが。
「大変そうだから、オレがやるよ」
「そうか」
 俺はしろボンにボウルを手渡す。
「とろとろになったら、フライパンで焼いてな」
「わかった」
 俺はしろボンの座っていたソファーに、代わりに腰かけた。まだあたたかい。やることがないので、しろボンの後ろ姿を眺めることにする。
 カッカッカッ、と、ボウルに箸の当たる音。あれは意外と重労働だ。あー、とか、うー、とか、くそお、とか、うめき声がするのがおもしろい。どうやら納得いく状態になったらしく、箸で液体をすくってみせて、うんうんと頷いていた。
「ねー、くろボン、フライパンは?」
「右上の棚」
 しろボンは、フライパンを取り出し、コンロに置く。目の前に引っかけてある、おたまとフライ返しを手に取って、腰を下げた。
「これ、スイッチどこ?」
「左の、ボタンのかたまりの所に、切る、入るってあるだろう。揚げ物じゃない方な」
「あ、これ」
 ポチっとスイッチを押す。フライパンの上に手をかざして、温まっているか確認している。
「油引くの忘れずにな」
「あ! 油どこ?」
「足元の棚」
「これどっちー?」
 棚を開けたしろボンが、指差して聞いてくる。
「どっちでもいいぞ。右がオリーブで、左がごま。まあ、オリーブだろうな。右の方」
「了解」
「ああ、ふきんを濡らしておけ。あったまったら、一度ふきんの上にフライパン置いてな」
「ええ、ちょっと待ってよ忙しい!」
 しろボンが見るからに慌てだす。本人は真剣なのだろうが、見ているこっちとしてはおもしろい。
「手伝うか?」
「いい! オレがやる!」
 くろボンは休んでて、と強い口調でしろボンが制す。ふきんを濡らし、適当に絞ってから、シンクに広げる。びちゃっと音がしたので、ちょっと絞り足りなかったようだ。ああ! と声を上げ、台ふきん、台ふきん、とあたふた辺りを見まわしている。
「お前、料理はしないのか?」
「する訳ないだろ! 王子だよ、一応。卵焼きくらいしか作ったことないよ」
「それでも立派な料理だ」
「ああー! くろボン、こっからどうしたらいいの!?」
「おたまで生地をすくって、適当な大きさを作れ。弱火でな」
「弱火ってどれかわかんないんだけど!」
「左の矢印」
「これ? これね」
 何回かスイッチを押し、しろボンは汗をぬぐう。
「そのまましばらく焼いて。泡が出てきたら裏返す」
「はあー……大変」
 しろボンは大きくため息をついた。
「なんでオレ、こんなことしているんだろう……」
「それはお前が作るって言ったからじゃないか」
「そうだけどさー……、そうじゃなくて」
 何か言いたげに、恨みのこもったような視線を向けてきた。俺のせいなのだろうか。そうだとしたら、すまないことをした。
「悪かった」
 一応謝っておく。
「ああ! だから、そういうところなんだよ!」
 しかししろボンは、じれったい、そんな感じで、地団太を踏んだ。彼の望む答えではなかったようだ。では、何と答えるべきだったのだろう?
 ああ、それよりも。
「しろボン、焦げてる音がするぞ」
「ああ!」
 しろボンは、急いで生地をひっくり返した。べちゃ、という音がした。どうやらターンは上手くいかなかったようだった。

「いただきます」
 二人そろって、両手を合わせる。こうして誰かと食事をするのは、いつ以来だろうか。それも、自分の家で、誰かを招いてごちそうするなど、思いもよらなかった。まあ、半分はしろボンが作ったのだが。二枚目は俺が焼いた。せっかくなので、お互いの焼いたやつを交換している。
「おいし~」
 口に入れた瞬間、しろボンは目を輝かせた。どうやら、お気に召したらしい。
「おいしい! なにこれ、くろボン天才?」
「生地が良かったんじゃないか? お前の作った」
 言うと、しろボンは、先ほどの輝きはどこへやら、みるみる顔を曇らせる。しばらくもぐもぐしていたが、飲み込むと、ゆっくりと席を立った。
 俺の脇に立つ。俺も顔を見上げる。困ったような表情だった。体ごと向き直って相対する。しろボンは、傷口を避けて、俺の腕に手を伸ばした。
「……ねえ、くろボン、怒ってるんでしょ?」
「何を?」
 心当たりがない。
「何って……おれのせいで、くろボンが頭打ったから」
 覚えてないかもしれないけど、としろボンは続けた。

 少し前の話だ。しろボンが襲撃された。
 正しくは、輸送船に乗った積み荷を狙われた。その場にしろボンも居合わせたのだ。
 地球港に降り立ち、荷を下ろしている最中だった。俺は中ほど、しろボンは殿。あいつ、いつ降りてくるのかと、振り返った時だった。
 光がちらつく。構えた銃がこちらを向く。いや、後ろ。しろボン──。
 気がついたときには、叫んでいた。突き飛ばす。向き直る。狙撃手に向かって、ビーダマを放つ。命中したと同時に、俺の肩口を、レーザーがかすめていた。反動で、俺は強く体を打った。
 悲鳴が上がる。あまりにものものしい様子だったので、一般人が見物に来ていたのだ。パニックに陥る群衆。飛び交う怒号。「取り押さえろ!」「担架を!」「先にそれを城へ!」皆が皆、ばらばらなことを言う。それではいけない。はっきりしない意識の中で、そう思ったが、声にならない。
 しろボンは、無事だった。しばらく、壊れたように、俺の頬を叩いていた。
 が、ある時、急に声を上げた。
「セレス、パラス! 街のみんなを! 兵士たちで列を作って、城への道を作って! あと担架2つ持ってきて! くろボンと、犯人の分。頭動かしちゃダメ。護送していた兵は、そのまんまそこから動かないで。ゆっくりね!」
 俺は、しろボンがそう指示するのを、遠くに聞いていた。
 ああ、なんだ。お前、一人でも出来るじゃないか。なんだって、俺がいなくたって、立派な王子じゃないか。
 安心したのか、急に眠くなってきた。感覚がどんどん遠くなる。そこへ、手が、にわかにあったかいことに気がついた。しろボンが、俺に手を重ねて、何かを言っている。

「くろボン、オレは」
 聞こえる嗚咽。しろボンが、泣きながら何かを言っている──。

「覚えているぞ。その上で、怒ってはいない。異常もないし、至って正常だ」
 俺は諸手を広げて見せた。
 幸い撃たれたところも大したことなく、擦り傷くらいのものだった。今では傷もふさがって、問題なく動く。日常生活に、何ら支障はない。
「嘘!」
 しかししろボンは否定する。
 ウソ、と言われたって仕方ない。俺が撃たれたのはしろボンのせいではない。警備を怠った俺の落ち度で、当然の報いだ。むしろ、俺はしろボンに救われた。
 が、そう言っても、しろボンは頭を横に振る。真顔になって、俺を見据える。
「お願いだから、元のくろボンに戻ってください」
「……元のって?」
 うーん、としろボンはうなった後、
「冷たくて、無愛想で、そっけなくて、嫌味で、ちょっとむかつく奴」
「それって人間としてどうなんだ……」
「いいの! それがオレの好きなくろボンなの!」
「なら、善処する」
 しろボンはしぶしぶ席に戻った。またパンケーキに口付けて、「あ、おいしい」と声を上げる。そしてちらちらこちらを見てくる。まったく、一体どうしたんだ。
 俺はいたって正常だ。気に入った相手を大事にして、何が悪い。