君がいちばん魔法に似てる

「よく来たな。……今は『ガイアホワイト』と呼ぶべきか? いずれにせよ、逃げ出さずに来たことだけは誉めてやろう」
 必要もないのに砂埃が舞い上がる。ところどころ凹地が見受けられるのは月面だからだろうか。辺りの星々は絵具を散らかしたかのように粗雑に漂っており、決戦という雰囲気ならばいかにも質素であるように思えた。よくあるセリフを呟いた彼は、引力に逆らわずスタリと落ちた『元王子』――彼に言わせれば、『ガイアホワイト』なる人物の到着を祝福した。

 ガイアホワイトは名の通り、悠然たる大地の空気を思わせるかのような透きとおった白の出で立ちをしていた。白色のマスク。白色のスーツ。白色のマント。対して彼の出で立ちは、逃げ場のない暗闇、言うなればブラックホールのようなどこまでも深い黒色。光対闇。その対立の構図は明らかだった。

「どうしても……隊長、君と戦わなくてはならないのか」
 ガイアホワイトの小さく震える声に、それが運命のいたずらか、非情の対決だということは読み取れた。かつて彼らは、共に同じ釜の飯を食べたような仲なのだろう。その上品な顔立ちを苦渋に歪め、戦いを避けようと隊長に訴えかける。
「笑止! 裏切り者の貴様がそれを言うとはな! 元より、ブルーソアラーを征服し盤石の帝国に、戦争を仕掛けてきたのはそちらではないか!」
「違う! 大陽系の人々にだって、それぞれの暮らしがある。征服なんかしなくとも、ビーダ王国は平和だったはずだ! それを戦争で滅茶苦茶にしてしまった。だからオレは、この戦いを止めさせたいんだ!」
 彼はもう王子の知っている隊長ではない――いや、知らなかったのかもしれない。声を上げて説得を試みても、隊長に届いている様子はまったくない。淀みきって焦点も定まらない黒色の瞳。彼が狂気に呑まれていることは明らかであった。

「……いや、俺にとっては、帝国でも王国でもどうでもいいのだ」
「何?」
 隊長の高笑いがこだまする。
「この俺の野望は! 宇宙唯一絶対無二の存在となることだ! その為には貴様、ガイアホワイトの存在が邪魔なのだ! 『最も』『強い』と書いて最強! その椅子は一つしかない。この世に二人もいらないのだ! プラネットエネルギーだかなんだか知らんが、海王星でこの俺に傷をつけたこと、忘れはせんぞ!」
 聞いてもいないのに勝手にぺらぺらと喋くりだした隊長は、仰々しくガイアホワイトを指差し、決めポーズらしきものを決める。この人を説得するのを諦めたのか、ガイアホワイトは小さくため息を漏らし、背中を丸めてうなだれた。そして、決意を宿らせたような強いまなざしで、再び顔をあげた。

 かつて、同じ時を過ごした仲。平和だったはずの王国。なにかのきっかけで戦争政策へ舵をきり、ガイアホワイトは国と身分を捨てて飛び出した。そして反乱軍を組織し、帝国と名を変えた故郷と戦う。これ以上の争いを止めさせるために。
「そうか、わかった」
 ガイアホワイトはそれだけ呟いて、じっと隊長を見つめた。驚くほど静かな声は、更なる静寂に包まれたこの月面の空気を波立たせた。隊長もガイアホワイトの決意を感じて、ぐっと腰を落とし身構える。音はない。指先が動けば、踵が擦れれば、かすかに息を詰まらせたなら――戦いの火蓋は、切られる。
 徐々に高鳴っていく鼓動に、深く息を吐いた時――。

 両者の技らしきものの呼応と共に、『To be continued』の文字が現れる。

 弾けるような音に懐かしさを思わせるメロディ。どうやらエンディング曲らしい。「えーっここで切るかよ!」「来週どうなるんだろうな」という他の兵士たちのざわめきを、くろボンは冷めた目をして眺めていた。
 『宝玉戦隊☆プラネットセブン』。太陽系をめぐる一大戦争の中、惑星の守護を受けて魔法を使えるようになった勇士たちの物語だ。くろボンに言わせれば荒唐無稽としか感想を述べようがないのだが、実在の人物をモデルにしているというこの特撮ものは、大陽系視聴率46.3%という恐るべき数字を誇っているそうだ。今や一大旋風を巻き起こし、超をいくつつけても足りやしない、国民的人気番組なのだ。世俗的な流行などとんと見知らぬくろボンでさえ、話を聞かない日はないくらいなのだから、相当なものだ。
 それだけ人気の番組なのだから、いくら興味がないからといって勝手に食堂のチャンネルを変える訳にはいかなかった。日曜朝七時、いわゆるスーパーヒーロータイム。確かに小さい頃はよく観たものだが、それも昔の話。今のくろボンにとっては朝の食事の時間でしかないというのに。
 大体なんだあれは。『王子』と『隊長』とは、まるで――。

「あれ、くろボン隊長も観てるんだ、これ。面白いよねえ」
 ふいに言葉を掛けられて、くろボンはゆるく後ろを向いた。ガイアホワイトならぬ現実の王子である。こちらに声をかけてきたくせに、視線はずっと画面の方を向いている。大して面白味のない内容、それに食いつく兵士たち。興味がないとはいえ疎外感もある。朝から気分は台無しだというのに、更にくろボンの不機嫌に拍車をかけてくるようだった。
「成り行きです。それより、勝手に城内をうろつかないでください」
「だって食堂のモニターが一番大きいんだもん」
「……だったら、こちらの席をお譲りしますので」
 子供じみた理由に苛立ちを覚えつつ、くろボンはお盆を手に席を立つ。ありがとう、と王子が軽く頭を下げて椅子についた。確かにこれだけ兵士もいれば、ここに王子がいても大丈夫だろう。兵士が集まっている理由に関しては、隊長として嘆かわしいのであるが。

 実在の人物をモデルに、というならば、話の中の『ガイアホワイト』とはしろボンのことだろう。白を基調とした出で立ち、元ではあるが王子という立場。夢中になる気持ちは否定こそしないが、もし自分がこんなへんてこりんな番組で魔法戦隊にでもなったりしたら――考えるだけでもぞっとする。
(俺だったら、身を投げるな)
 すでに番組は次回予告に移っているようだ。早口でさんざ煽り立てて周りの関心をひく。
「次回! 最後の勇士! ハデスブラック!」
 と叫ばれて、くろボンは派手に食器を落とした。