「汗を流してくる。待っていろ」
そう言ってくろボンは、詰所の向こうに消えてしまった。しろボンはただ一人、外庭に取り残される。
待ってろ、と言われては仕方ない。先に帰ってるか。しばらくくろボンのいた方を見つめていたが、あきらめて、城の中へ戻る。
やーっぱ忙しいんだなあ。訓練の終わりそうな時間、見越して行ったのに。
執務室の前に来た。見張りの兵士が一礼する。会釈をやった後、そのまま奥へ。くろボンの自室だ。
「おじゃましまーす……」
誰もいないのに、くろボンの気配が残っているような気がして、一応挨拶してから足を踏み入れる。
窓から陽が差していた。カーテンはきちんと束ねられている。家具の類はほとんどない。机、椅子。まばらに本の収められた棚。サイドテーブル、ルームライト、簡素なベッド。必要最低限、無駄を省いた簡素なたたずまいが、いかにもくろボンらしい。もっとも、ここはあくまで城内においてのプライベートルームで、きちんとした住まいは外にあるようだから、これくらいで十分なのかもしれないが。
しかし、これではヒマの潰しようがない。本棚を見てみたが、昔のものと思われる、文字のぎっしり詰まった本や、図はたっぷりであったが、よくわからない横文字が並んだ本ばかり。しろボンにはちんぷんかんぷんだ。漫画か、アレな本ないかな。今度はベッドの下を覗いてみたが、どうやら、何も隠してはいないようだ。本どころか、ほこりすらない。お掃除してもらってるのかな。くろボンのことだから、自分でやってそうな気がする。
あーあ、どうしよ。すぐ帰ってくるかな。しろボンは、ベッドに腰かけた。ギシッ、ときしむ音がする。あれ、と思ってもう一度。ギシギシ。腰を浮かせるたびに、音が鳴る。枕の方に目を向けた。木枠を見るに、ツヤが少々はげてきていて、まあまあの年期が入っているようだ。こんなに音鳴っちゃ、寝られるのかな。オレは大丈夫だけど。あの神経質そうなくろボンが。
けれど、代わりにふとんがあったかいことに気がついた。窓から差す光のおかげかと思ったが、陽の当たっていないところでも、ふんわりあたたかい。思わずぺたぺたと触る。干したのかな。天気もいいし。
そのままごろんと寝転がった。重みでふとんが沈む。またベッドの音がする。
ああやっぱり。おひさまの匂いがする。それと、せっけんの香り。シーツも洗っているのだろう。手触りが心地よくて、肌になじむ。
くろボン、いっつもここで寝てるのかあ。
しろボンは目をつむる。彼がここで休むさまを想像する。
きっと寝相いいんだろうなあ。オレがここで寝たら、転げ落ちちゃいそうだけど。夢なんか見るのかな。おなか出して寝たりしないよな。きっと、天井向いたらそのままで、朝まで仰向けで寝てるんだ。掛け布団もそのまんま。
このあったかさも、この匂いも、天井の模様、窓から見える景色、外から聞こえる鳥の声──くろボンもそう、今のオレと同じように、感じているものなんだ。
そう思うと、なんだかドキドキする。いけないことをしている気になる。無意味に深呼吸して、この空気を味わってみたりして。そのまま、うとうと、うとうと……。
「しろボン」
声が聞こえる。ゆりかごのように、優しく揺すられる。
気配が近づく感じがして──。
「しろボン!」
今度は耳元で、叫ばれた。「ひぃ!」思わず飛び上がる。
声のした方を振り向くと、くろボンが、腕を組んで仁王立ちしていた。あ、これ、怒ってるなあ。しろボンは察知した。眉間のしわがいつもより深い気がする。なんだか渦巻くようなオーラが見える。
「何をしている」
「何をって、くろボンを待ってたんだけど」「なんで俺の部屋にいるんだ?」
言い終える前に、声をかぶせてくる。どすが更に利いている。
嫌な予感がしながらも、おずおずとしろボンは答えた。
「待ってろって言ったじゃん」「『そこで』待ってろって言ったんだ。部屋に勝手に入れとは言っていない」
言ったっけ? しろボンは頭を傾げる。
「第一、どうやって俺の部屋に入った」
「どうって、これで」
ジャラッと束ねられた鍵を見せる。マスターキーだ。王子権限でこっそり作った。
「なっ……」
くろボンは一瞬驚いたのち、声を失う。そのまま頭を抱えた。一体どうしたというのか。
が、すぐに気を取り直したのか、しろボンから鍵の束を奪った。
「ああ!」
「鍵を使わなければ入れないようなところに、本人不在で入るな。いいですね」
怒りを含ませながらも、諭すようにくろボンは言った。
「ところで、私にお話とは、一体何なんです?」
「ああ、ええーっと……」
しろボンは虚空を眺めた。そうか、それでくろボンに会いに行ったんだっけ。だけど、頭がぼんやりして、思い出せない。浮かぶのは、さっきの、ふかふかのふとん、きしむベッド、あったかな日差し、せっけんの匂い、あとはくろボンの──。
「──何だっけ?」「出てけ」
しろボンは、むんずとくろボンにつままれると、そのままドアから放り出されてしまった。
書き直したけど差し替えなくてもいい気がした。夢の外の内容です。
これ『抱かれ方を忘れられたら』の没とかぶってますね。
