見出された子

 ピンポーン。インターホンが鳴って飛び起きた。
 火災報知機でもないのに、しろボンは慌てふためき辺りを見回した。床についた筈の手がずるっと滑って、そのままバランスを崩し派手に転がってしまう。「いてて……」と頭をさすりながら、つと斜め上の掛け時計を仰いだ。時刻は八時半。大寝坊だ。
 いや、起床には遅いとしても、人を訪ねてくるには早すぎると、しろボンは考えを改めた。なので落ち着いてずり落ちたタオルケットをソファーベッドに戻し、生あくびをして、ボリボリと頭の付け根を掻きながら洗面所に向かった。居留守を決め込む算段だ。
 そこへもう一度、インターホンが鳴る。ピンポーン。しろボンは無視を決め込む。
 昨夜はハカセ、グレイボン博士の研究所に泊まった。それは研究がいよいよ大詰め……とかではなく、手伝っている内に眠くなっただけのことだ。一度や二度のことではないし、ハカセも呆れながらも諦めているみたいだった。勝手知ったる他人の家、眠気覚めやらぬ締まりのない顔を水で洗い流すと、適当にタオルを引っ張って拭く。さらにインターホンは鳴る。ピンポーン。
 うるさいなあ、ハカセは居ないんだろうか? タオルを洗濯かごに放り込んで辺りを見回す。人気はない。ああ、朝早くから出掛けるとか、言ってたような、言ってないような。じゃあ朝ごはんどうすんだよ? パンケーキが良かったけど、ハカセの家にあるかなあ? さらに鳴る。ピンポーン。
 うっさい!
 しろボンは憤慨して、ダンと踏み鳴らすと、モニターへ向かった。こんな朝早くから来る礼儀知らずはどこのどいつだ! 顔を眺めてやろうと、モニターを覗く。
 そこへ映っていたのは、全く知らない人物だった。
 大男、と形容するに相応しい、大きな体躯。縦にも横にもだ。背丈はしろボンが背伸びして届くかどうかだし、体周りは両手で囲んでも足りないかもしれない。しかももっさりと口ひげを蓄えていて、まゆ毛も同じようにもっさりしている。こんな人、知り合いにいたっけか? ハカセの知り合い? なんか、良くない人っぽいけど。
 けれど来客の格好には見覚えがあった。なんだったか。……そうだ! それ! 確か守備隊の! あっ、今は防衛隊だっけ。その兵士の格好に似ている。ヘルメットと、防具みたいなやつ。
 じゃあハカセに用だな、としろボンは合点して、通話ボタンを押すと、「只今、留守にしております。御用のある方は、ピーッという発信音の後に、お話しください」とアナウンスした。モニター越しに、来客は顔をしかめた。何だか訝しい目つきをしている。
『それだと、博士は帰ってきませんよ』「何!」
 しろボンは反射的に言い返していた。しまった、と思った時にはもう遅い。だけどそれどころではない。
「ハカセが帰ってこないってどういうことだよ!」
『それには、このドアを開けて頂くしかない』
 ちぇっ、と悪態をつきながらも、しぶしぶしろボンはロックを外した。来客の大男は両手を広げてみせた。
『貴方に危害を加えに来た訳ではない、安心して頂きたい』
 武器は持っていないと示すつもりらしい。
 だけど、油断はしないぞ、としろボンは気を引き締めた。何せ、先だってこの研究所は、故あって急進政策を執った帝国に、襲撃を受けたばかりなのだ。今は戦争は終結したとしても、その記憶が色濃い内は、どうしても気を緩めるようには出来なかった。
 身をかがめて、忍び足で、玄関に近づく。途中、昨日掃除をほっぽり出して立てかけたままの箒を、武器として徴収した。扉の前で立ち止まって、深呼吸した後、おっかなびっくりボタンを押す。機械音を立てて、入口は開いた。
 大男が姿を現す。実際目の前で対峙してみると、岩のように大きい。しろボンは箒を眼前に掲げた。隙があったらかかってこんか!
 しかし、大男は思いの外、柔らかくそれを制した。
「大丈夫です。貴方を傷つけたりしませんから」
 意外に優しい声だった。……いいや、油断するか!
「貴方を丁重にお連れするように、言いつかっておりますから」
「……誰に?」
「隊長にです」
 隊長。それは、くろボンのことだ。
 どういうことだろう? くろボンがおれに用? 何の?
 第一、おれの家知ってるんだから、わざわざ人をやらなくたって、自分で来ればいいのに。面倒くさがりだなあ。
 しろボンはくろボンをすっかり気心の知れた友達のように思っていたが、実際、くろボンの地位は一般人のしろボンより遥かに高い。十の惑星を束ねる王国の軍事部門最高権威。……とはいえ、しろボンにはピンとこないし、王様の金ちゃんよりは下なんだから、あまり畏まるような肩書きではなかった。
「おれが行きたくないって言ったら?」
「え?」
 その返答を予期してなかったのか、大男は聞き返す。
「だってさあ、まだ八時だよ! 八時! お天道さまだって食後の爪楊枝いじってる時間だよ。それにおれご飯食べてないし。嫌です。絶対」
「食事は用意しますよ」
「ホント?」
 しろボンは目を輝かせた。が、ふと立ち返り、激しく頭を振る。いやいやいや。騙されてはいけない。
 ご飯を用意してくれるということは、それだけ急いでいるということなのだ。何が何でも、しろボンを連れていきたいということなのだ。そんなの良からぬことに決まっている。ついていってはいけない。
 ああ、でもパンケーキ……。シナモン、キャラメル、メイプルシロップ……。
 しろボンが頭を抱えて葛藤していると、さらに上から言葉が降ってきた。
「それに、貴方に来て頂かないと、グレイボン博士がお帰りになれませんよ」
「……どういうことだよ?」
 さっきも言ってたけど。しろボンは顔を上げてきっと大男を睨む。
「そのままの意味です。グレイボン博士が帰るには、貴方の尽力が不可欠だということです」
 大男はまるで意に介さず、悠然と立っていた。箒を握る手に力がこもる。けれど、こんな棒振り回しても、きっと人差し指の先っぽで弾かれてしまうに違いない。そんな気がする。
「くろボンはおれに何の用なの?」
「お話したいと」
 お話ぃ? ますますわからない。
 だったら自分で来いよ! と言いつけてやりたかったが、ハカセが人質になっている以上、騒ぎ立てる訳にもいかない。
 しろボンはしばし黙考した。この人はおれに危害を加えないって言ってる。だけどハカセは? おれが行ったら、ハカセは解放される。
「……パンケーキ」
 考え抜いた末、ぽつりと呟いた。
「え?」
「朝ごはんは、パンケーキ。バナナつきね。味はええーっと……うーん……生クリーム!」
「承知しました」
 大男は恭しくお辞儀した。
 しろボンはさっと身支度を整え、大男に付き添われながら王宮まで御料機に召されていった。その中で、(ああ、やっぱりキャラメルにしとけば良かったかなあ)とうっすら思った。

***

「げぷ」
 腹から空気が漏れ出て、新緑爽やかな風に溶かされて消える。思わず口の端を拭って、指の先をまじまじと見つめるが、クリームの感触はない。
 ごちそうになったパンケーキは実際なかなかのものだった。なんでも、王室御用達地球堂のものだったのだから、金ちゃんはさすがのセンスと言わざるを得ない。せっかくなのでしこたま頂いた。
 ただ一つ、思い通りにいかなかったこともある。
 あまりに生クリームのパンケーキがおいしかったので、おずおずとキャラメルもねだってみたのだが、「それは貴方がお役目を果たしてから」ということで、やんわりと断られてしまった。
 見えないところでしろボンは頬を膨らませたが、まあ、最初からそういう約束だし、いいだろう、生クリームのパンケーキは駄賃として十分だ。それくらい働いてやろうじゃないか。
 そんな訳で、絢爛豪華な貴賓室から、こんなだだっ広い原っぱに連れてこられたのである。
 場所としては、城下町から見て王宮の北東、山脈に近いあたりだ。ここいらは防衛隊の訓練に使っていると聞いたことがある。ビーダ球場十個や二十個は楽々入りそうだ。びっしり茂った芝生も丁寧に刈り込まれている。こんなところで野球やったら、さぞ外野はフライを追うのに苦労するだろうなあ……。おれはピッチャーだからいいけど。
 馳せた思いを現実に引き戻すのが、何だか得体の知れないボンバーファイターが、遠く、綱引きでもするような距離の向こうに陣取っている姿だ。カラーリングはどこか帝国時代のそれに似ているが、型が微妙に違う気がする。始め目に入った時、何か見覚えあると思ったんだけど……何だったか。漆黒の機体、深緋のアクセントカラー……。
 それに、としろボンは考えながら振り返る。
 自分の後ろにも、あるんですけど。ガイアボンバーファイター。
 さすがにしろボンも、ここまでくれば何だか察しはついた。
 話がしたい、なんて言うから、朝食がてら談笑に興ずるのかと思っていた。が、この舞台はどう見てもそんな雰囲気じゃない。まさかこれからこの場所で、「アハハ! 待てよ~」「ウフフ! つかまえてごらんなさ~い!」なんて追いかけっこする訳じゃないだろう。
 ちょうど二機のボンバーファイターの間を、器用に風が吹き抜ける様は、甚だ決闘の趣を感じさせる。いや待て? 確かナントカ島の決闘では、遅れた方が勝つんじゃなかったっけか? おいなんだよ! 早く来いよ!
 そうだ! ハデス!
 しろボンの頭の中で電灯がぴこーんと光ったのと、くろボンがそのハデスボンバーファイターに似た機体の傍に現れたのは同時だった。悠然とマントをたなびかせて歩く姿は、まさしく防衛隊隊長と呼ぶに相応しい。
「よく来たな!」
 離れているので、少し声を上げながら、くろボンはこちらに呼びかけた。
「何だよそっちが呼んだくせに!」
「もっともだ!」
 こちらも口元に手を当てて応戦すると、くろボンは手を当てなくてもよく通る声で返した。
「それより、グレイ博士はどうしたんだよ!」
「博士?」くろボンはわずかに頭を傾げる。「博士にここは危ないので離れたところで大人しくして下さるようお願いしている」
「信用できるか!」
 しろボンが声を荒げると、いささかくろボンも気を害したようだった。「それについては、信じてもらうしかない。見張りもつけている。万が一にも、博士に危害が及ぶことはない」
 はっきりした口調に、しろボンは押し黙った。
 離れに押し込まれているだって? 見張り付きで。危害は加えないって言ってるけど……。
 けれど、あんなおいしい朝ごはんをくれたくろボンが、嘘をつくような悪い人間だとは思えない。そう、こいつだって根はいい奴なのだ。ただむっつりなだけで。先の戦争だって最後の最後でしろボンを助けてくれた。もしかしたら、何か理由があるのかもしれない。
「目的はなんだ!」
「目的?」
「ハカセをさらって、おれをこんなところに呼びつけた目的だよ!」
 くろボンは一瞬目を大きくして絶句したが、一拍置いた後、「ぷっ」と吹き出して、そのまま俯いて背中を揺らした。笑っているのだ。さもおかしくて、こらえようとして、それでもこらえきれず笑っているのだ。徐々に、その声の尾が、低く不気味になっていく。
「なんだよ!」
 しろボンが顔を真っ赤にして地団太を踏むと、くろボンはようやく顔を上げた。
 ゆっくり、ねめつけるような視線をこちらに合わせて。
 その眼光の鋭さたるや、矢のように体を貫いた。かつて金ちゃんが悪い奴に乗っ取られた時のことを思い出させて、しろボンはぞっとした。
 まさかくろボンも、と思ったが、その悪い奴には必殺技をお見舞いしてやっつけたのだし、第一彼のビーダマは青々と澄み切ったままだ。つまり彼は、正気のままだということだ。
 だとしたら、尚更解せない。
 ハカセをさらってまで、おれとしたい話ってなんだ──。
「聞きたいか?」
 心の中を見透かしたように、くろボンは問うてくる。
「いや、やっぱいいです」と頭では思ったが、反射的にしろボンはせかせかと頷いた。
「拳で語る、などとは大時代の枯れた言葉だと思っていたが──」
 くろボンは右脇のハデス似ボンバーファイターに目をやり、とん、と手の平で機体の脚部に触れた。すると、頭部のハッチが音もなく開き、軽く飛び乗って、コクピットに収まった。
 ああ、やっぱり?
「聞きたいならば、おれを倒し、力づくで聞き出すんだな!」
 教えてくれるって言ったじゃないかー!!
 嘘つき! と罵り倒したかったが、しろボンが足を踏み出すと、もうすでにくろボンは機体を駆動させていた。いやいやいや! どんな悪役だってヒーローの変身は待ってくれるのに! 空気読めよ! このままではくろボンのボンバーファイターのローラーにぺしゃんこにされてしまうので、しろボンも慌ててガイアに飛び乗る。
 戦争以来ガイアに乗り込むのは久方ぶりだったが、濃い毎日を過ごしたせいか、時間がたっても体にしっくり馴染んでいる。おうよ! 大陽系を救った英雄を舐めるんじゃないぞ! しろボンはレバーをなぎ倒し、くろボンの突進をひらりと躱す。
 イエーイ! と、悦に入る暇もなかった、
 およそ最高速で突っ込んできたくろボンは、しろボンに躱された後、素早く機体を急反転させた。え? 本来後ろを取れたしろボンが、逆に後ろを取られる程の転回である。呆気にとられていたら、すぐにボンバーファイターは目の前に迫っていた。危ない! 唸りを上げて、くろボンのボンバーファイターが右の拳を上げるのを、半ば後ろによろけるように躱す。機体の顎辺りをかすったようだ。ぐわん、と釣鐘のような振動がコクピット内を揺らす。
「ちょ、ちょ、待っ」
 慌ててタンマを掛けようとするが、もちろん聞いてはもらえない。
 追撃が次々繰り出される。
 アッパー、勢いのまま内回し蹴り。背がちらりと映ったと思ったら、畳んだ膝のキッチンシンク。「うぇい!」と急いで胴をひくと、そのまま前につんのめる。右方にちらりとボンバーファイターの左腕が目に入った。頭をねじる。いや、左からも来る! 飛んで躱せ!
 ぴょん、と軽快すぎるくらいにガイアは跳んだ。一旦距離を取った方がいい、そう判断して、しろボンはフットペダルを倒そうとした。
 あれ?
 ……飛ばない。
 そのままどすんと着地したところに、待ち構えたくろボンの薙ぎ払い蹴りが脚部を襲った。威力は相当なもので、一瞬の内にバッターボックスからセンタースコアボードにまで飛ばされてしまった。そのままバランスを崩し、何度かもんどりをうって、ようやく止まる。
「ああ、言い忘れていたが、ガイアの飛行ユニットは外してある」
 早く言えよ!
 ぐるぐる回る視界の中で、しろボンは心の中でツッコむのが精いっぱいだった。
 ああ、まだ目が回る。空と地面が逆さな気がする。まだ体が回っている気がする。
 くろボンは? まだ遠く。ならこの間に逃げ出して──。
 ちらと光るものが目に映った。
 それはくろボンのボンバーファイターから、その中心から放たれていた。遅れて轟々唸り声。ビーダマだ!
「うわあ!」
 思わずしろボンもアクセプターボードにビーダマを放つ。
 くろボンのビーダマが眼前に大きく広がったところで、しろボンのビーダマも放たれ、激しい衝突音、コクピット一面を瞬かせた後、泡が弾けるように消えた。助かった。冷や汗が伝い、深く息をつく。
 そんな場合じゃなかった!
 すでにくろボンは二発目を放っていた。機体を滑らせ三発目、四発目。つなぎが速い。タイムラグがほとんどない。さすがにすべて迎撃できない。こちらのラグを狙われる。
 二発目、後ろに反り返り、三発目、そのまま倒立、四発目、手をついて側転。
 昔から身のこなしには自信がある。しろボンはくろボンのビーダマ全てを闘牛士よろしく華麗に躱してみせた。
 さすがに連射量にも限りがあるのか、くろボンは接近戦に切り替えた。近づけさせたらさっきの二の舞だ。
 しかし、パワー型のガイアと、おそらくハデスの系譜であるスピード型のボンバーファイターとでは、推進力に大きな違いがあった。こちらが離れても離れても、あっという間に詰められてしまう。繰り出されるジャブ攻撃に、ぎりぎりで避けるのが精いっぱいだ。いや、いくつか掠っている。やはり、細かい機動も向こうが優っているのだ。
 しろボンは避けながら必勝策を練った。一生懸命に頭を回して必死で考えた。勝っているのは、おそらくパワー。くろボンのビーダマが、慌てて撃ったビーダマで相殺できたのだから、多分そうだろう。こちらもそれ相応の準備が出来れば、撃ち勝てるに違いない。
 じゃあその間をどうやって作るか? 今は避けるだけで手いっぱい。しかも飛べないときたものだ。腹に力を入れる暇もありゃしない。これでげっぷかおならが出ようものなら、毒霧になるかもしれないのに。
 ……姿をくらます?
 カモフラ・シート!
 特殊な塗料で周りの風景を鏡のように映しとるという、実に古典的なステルス機能をもたらす幕だった。以前はロケーションを間違えたけれど、今度は間違えない! 間違えたら死ぬから!
 のけぞって仰向けになった小さな間に、しろボンは隠し持っていたカモフラ・シート(原っぱ用)を広げた。流れるようなくろボンの一連の動きが止まる。虚を衝かれたらしい。
 くろボンの一瞬の隙。起き上がった時にはすでに整っていた。旗のようにバサッと音をたててシートを投げ捨てると、現れたガイアの中心は光の渦を巻いていた。くろボンが後ずさる。遅い!
「いっけえええ!!!」
 あらん限りの声と力を込めて、しろボンはビーダマカノンを放った。閃光が視界を覆う。
 ……が。
 ボッ、と噴射音がして、くろボンのボンバーファイターは空中に舞い上がった。辺りが日中の明るさに戻った頃、しろボン渾身のビーダマカノンは遠くの方で遅れて霧散する。
「ちょっ……」しろボンは言葉を失った。「なんだよそれ!」
 こっちは飛べないってのに、なんでくろボンは飛べるんだよ!
「別におれは飛べないとは言っていない」
 そうだけど! チートにも程がある!
 そもそも、防衛隊の隊長と、極々普通の善良な一般市民とで、決闘するこの状況がおかしいのだ。まあ、おれのすんばらしい才能を見込んでのことなら仕方ない。けれど、ハンデをくれるどころか、そっちにあるってどういうことだよ! 不公平だ! 出来レースだ!
 空中に漂いながら、くろボンはわざとらしいほど大きなため息をつく。
「……そろそろ、終わりだな」
 ……終わり?
 つまり、それは。
 くろボンのボンバーファイターが、太陽光に反射して煌めいた。バーニアがふっと消える。
 そのまま垂直落下する。マシントラブル? まさか!
 慌ててしろボンはくろボンへ寄る。弾丸の速度で落ちるくろボンと、何故か目が合った気がした。違う! トラブルじゃない! わざとだ!
 機体が地面と平行する。重い頭が徐々に俯いてゆく。瞬間、くろボンのボンバーファイターの、バーニアが火を噴いた。
 スピードは加速する。重力にひかれてゆく。
 しろボンは呆気にとられた。故に、動けなかった。
 煌めいた彼の機体、正しくは、胴部。眩い光の粒子が収束している。
 この速度を制御しながら、彼はカノンを発射しようとしている!
 流星、さながら隕石、あれをまともにくらったら助からない!
「……なんだよ」
 しろボンはぽつりと、無意識にもらした。
 おれと話がしたいなんて。
 おれを殺すつもりじゃないか。
 訳がわからない。
 一瞬だった。
 しろボンの中で沸点が臨界を超えた。かっと怒気が上った。いいよ、やるならやってみろよ! しろボンはでんとその場に居直った。
 避ける、という選択肢はとうになかった。万が一あの超スピードを避けたところで、第二第三の隕石が落ちてくるだけだ。もとよりそんな集中力なんてない。
 だったら返り討ちにしてやろうじゃないか──しろボンは腹をくくる。いくら攻撃力でガイアが優っているといっても、推進力を得たくろボンのビーダマには、到底太刀打ちできないとは悟っていた。返り討ちというより、窮鼠猫を噛む、追いつめられたネズミロンの意地を見せつけてやろうじゃないか。そう決めた。
 くろボンのビーダマは放たれた。反動でボンバーファイターは上空へ浮く。
 チッ、と自分の身体でもないのに、鎌風が頬をかすめた気がした。しろボンは撃った。くろボン目がけて。
 真っ白な光の天幕が視界を覆った。二つのビーダマがぶつかる。火花が散る。ドォン、と衝撃音。
 じわりと幕が歪む。亀裂が中心から外へ走ってゆく。
 くろボンのビーダマが、しろボンのビーダマを包み込み──。

「やめんかーっ!!!」

 怒鳴り声が場をつんざいて、しろボンはとっさに振り返った。
 振り返った後ろで地響きがして、少しガイアが宙を跳んだが、そんなことは気にならなかった。
 何故なら、しろボンの目は、遠い森の茂みの向こうから歩いてくる二人組に、すっかり奪われてしまったからだ。
 金ちゃんと……。
「ハカセ!」
 認めるや否や、しろボンは視界をハカセに合わせたまま、手探りでバンバンとボタンを押し、乱暴にハッチを開けると、そのままガイアから飛び降りて一目散、しっかとハカセに抱き付いて、潰してしまいそうなくらいぎゅーっと腕を締めた。よれよれの白衣が懐かしくて、火でも起こす勢いで頬ずりする。
「なんじゃ! キモチ悪い!」
「ハカセ~!」
 ハカセは何とかしろボンを引っぺがそうと、胴を回したり足をじたばたさせるが、ちょっとやそっとじゃしろボンは離れなかった。
「もう会えないかと思った~!!」
 ……正直、さっきまではすっかり忘れてたけど。
「なんなんじゃ、いったい……」
 ハカセは諦めたのか、しろボンの変わりぶりを呆れた目つきで眺めて、抵抗を止めた。
 遅れてやってきたゴールデンボン王が、その様子を興味深そうに頷きながら、ゆったりとした足を止め、くろボンに向き直った。
 まだ上空に浮かんでいたくろボンは、静かに地上に舞い降りると、ボンバーファイターから降りてきて、王の御前で一礼した。それを手で制し、「それよりも──」と、ゴールデンボン王は体をくろボンに向けたまま、ちらりとこちらを一瞥し、くろボンに問いかける。
「おまえさん、何か隠しておるのではないか?」
 ぐっ、とくろボンが言葉に詰まる音が、微かにだが確かに聞こえた。しろボンは頬ずりを止め、弾かれたように振り返る。隠してる? 何を? ベッドの下にえっちぃ本でも詰まってるの?
「……嘘は、申しておりません。天地神明に誓って」
「わかっておる、おまえさんが嘘をつけないことくらい。ただ、どうしても言葉少なで、肝心なことが伝わってなかったりするからのぉ。……どうにも、わしには、しろボンに正しく伝わっているようには見えないのだが?」
 口調は穏やかでいて、どこか詰問するような厳しさも感じられた。きっとゴールデンボン王はすべてお見通しなのだ。当事者であるはずのしろボンは置いてけぼりで、頭の上にクエスチョンマークを浮かべるばかりだ。
「金ちゃん、くろボンは、ハカセを誘拐して──」
「誘拐!」
「誘拐!?」
 ゴールデンボン王はわざとらしいほど目を真ん丸くして、ハカセは戸惑いの視線をしろボンに降ろす。
 その様子がどうにも場違いな違和感を醸し出すので、しろボンは「え? あれ?」と三人を代わりばんこに見回す。遠くでくろボンのため息が聞こえた。
「……誰も、誘拐なんて言っていない」
「えっ?」
 しろボンはこれまでのことを思い出してみる。……ええーっと、寝起きに変な人が来て、パンケーキくれるって言ったから……、あれ? ハカセの話はどっから出てきたんだっけ?
 側頭部に指を当て唸るしろボンに、ゴールデンボン王は、くろボンに目をくれた後、諭すように語りかけた。
「しろボンや、これはな、新型機のテストなんじゃ」
「テストぉ!?」
 しろボンの声がひっくり返る。
「そう。TYPE-99の次世代機としてな、いよいよ実用段階へ移るにあたり、実戦データが欲しいと言ってな。そこのくろボンがテストパイロットなんだが、なかなか一分と持つ相手がおらんでな。そこでお主に白羽の矢が立ったという訳だ」
「うへぇー……」
 しろボンはくろボンを見やった。くろボンはこちらから少し顔を逸らして、いつもの腕組みに仁王立ちのポーズで佇んでいる。
 確かに、天才のおれですらピンチだったんだから、並の兵士たちじゃ瞬殺だろう。
 それで、おれが選ばれたという訳だ。
「あれ? でもハカセは?」
「わしはあそこでデータを取っておったよ」
 グレイボン博士の指さす先には、鬱蒼とした森の木立に隠れて、小さなほったて小屋らしきものが見える。言われてみるまで全く気がつかなかった。ハカセは「昨日言ったじゃろうが!」とおかんむりだったが、しろボンの記憶には全く残っていないので、「そうだっけ?」と頭をひねる。
 ……ははあ。
 ようやく事態が飲み込めて、しろボンは一人頷く。
「これで欲しいデータは大概そろったが……」
 ハカセは手元の書類の束に目を落とし、深いため息をついた後、くろボンの、さらに後ろの新型機というやつを寂しそうに見つめた。しろボンもつられて目をやる。
 そして「あっ」と声をあげた。
「これじゃ、完成は遠い先だのう……」
 くろボンの新型機は、胴部の脇が吹き飛んでいた。

***

 あの後どこからともなく整備兵がわらわらとやってきて、手際よく新型機とガイアを回収し、金ちゃんとハカセは御料機で去っていった。しろボンたちも一緒に帰ろうとしたのだが、「悪いな、この車三人用なんだ」と取り付く島もなく断られてしまった。運転手と金ちゃんとハカセで三人。ガイアも回収された今となっては、しろボンとくろボンは、歩いて帰らざるを得なくなってしまった。
 断る時の悪戯っぽい金ちゃんの目の輝きを見るに、これはくろボンに対しての戒めと、二人仲良く帰ってこいという意図が含まれていると思われる。そんな気を回さなくていいのに!
 一段落して、取り残された二人の隔たりに、風が寂しく吹き抜ける。しろボンはくろボンを見つめた。それはもう、ねっとりするほどに、非難の意を精いっぱい込めて。
 ようやく気づいたくろボンが、しろボンを見て、少したじろいだ。
「……すまなかった」
 くろボンが俯き気味につぶやく。
「お前が誤解している方が、こちらに都合が良かったのでな、つい……」「聞こえなーい!」
 しろボンは頬を膨らませる。
 第一、テストってなんだよ! テストでおれは死ぬとこだったんだぞ!
 しろボンは陥没した地面を眺めた。くろボンの放ったビーダマの跡だ。直径五メートルほどはあるだろうか。抉れ具合が凄まじく、ちょっとつついたら温泉が噴き出してきそうだ。きっと後にはぺんぺん草も生えないに違いない。
 あれをくらったら、全身バラバラ、木端微塵になるところだった。金ちゃんが止めてくれなかったら……。想像するだけでぞっとする。
 ……まあ、おれだって、新型機を壊した訳だからおあいこだけど。……いや、勝負としては、おれの勝ちだけど!
「……パンケーキ」
「は?」
 しろボンがぽつりと漏らした言葉に、くろボンは聞き返した。
「こうなったら、パンケーキのキャラメル味と、シナモンと、チョコと、ミックスベリーと、バニラアイスね! それで手を打ってあげる!」
 くろボンはしばらくぽかんと目をしばたたかせていたが、やや間があって、しろボンの方へ寄ってきて確認した。
「それでいいのか?」
「うん」
 しろボンは力いっぱい頷く。
 いつしか二人は並んで歩いていた。しろボンの頭の中では、これから訪れるであろうパンケーキ天国が展開されていて、自然と足がスキップしだす。
 だから、くろボンが何か話しているのを、全く耳に入っていなかった。とある単語を聞くまでは。
「……だから、これはお前がおれの後任として相応しいかのテストでもあって……」
「へ?」
 しろボンのスキップが止まった。
 くろボンは平然としたまま続けた。
「お前が、次の隊長に……」
「隊長?」
 しろボンが己を指さす。
「そうだ」
「誰が?」
「お前が」
「何に?」
「だから、隊長に」
「なんで?」
「なんでって……」
 くろボンは口ごもる。
「宇宙を救った英雄が、隊長の座に着くことになんら不思議はあるまい。事実、隊の中でも、お前を防衛隊に引き入れるよう声が上がっている。おれも、お前の才を見過ごすには惜しいと思っている。認めがたいがな」
「えええ! なんで!」
「だから言ってるだろう!」
 埒が明かないやりとりに、とうとうくろボンも憤慨して足を鳴らした。
 そんなの、聞いていない。
 確かに、おれほどの才能を世間が放っておく訳がない。いやいやそれは言い過ぎとしても……。おれはそんなことのために頑張ったんじゃなくて、ただただ、おいしいもの食べて好きな時に寝っ転がって、たまーにハカセを手伝って、そんな毎日が荒らされるのが嫌だっただけだ。平和を愛する、ごくごく普通の一般市民。
 それがいきなり防衛隊長だって!
 そんなんなったら、昼寝が出来ないじゃないか!
「ムリムリムリ! 絶対ムリのカタツムリ!」
 しろボンは激しく頭を振る。
 だがくろボンには聞き届けてもらえない。
「パンケーキで済むなら易いものだ」
「いらない! パンケーキいらないから!」
 まさか賄賂だったとは!
 知ってたら食べなかっ……食べてたかもしれないけど!
「それに」
 くろボンは心持ち口の端に小さく笑みをたたえて、付け加えた。
「女の子にもてもてで、おいしいものが食べられて、コロコロも読み放題……」「やる!」
 しろボンの決意は立ち所に固まった。
 両拳はしっかと握り、鼻息を吹き出して、くろボンに熱意をアピールすると、くろボンは「やれやれ……」と肩をすくめた。