宇宙ごと愛せるような距離

「どうして、織姫ボンと彦星ボンって、一年に一回しか会わないんだろうね」
 ちらとこちらを見る素振りをして、しろボンが聞いた。
 奴は今、七夕飾りにご執心だ。窓際に、どこから持ってきたかわからない、大層立派な竹の棹を立てて、わっかやらくす玉やら星やらを飾り付けている。俺は興味がないので、適当に暇つぶしの本を読んでいた。
「それは」
 聞かれたので、本から目を上げる。
「天の川の向こうと向こうに、分けられたからだろ」
「そういうことじゃなくってさあ」
 しろボンは少々不満そうだ。
「今なんか、ワープでピュンと飛べちゃうじゃん。会えなくたって、ビデオ通話とかある訳だし。メールやチャットも出来ちゃうしね」
「……そういうことをするから、引き裂かれたんだろうが」
 なるほど、現代人の発想らしい。
 こうしてせっせと祭るくせに、ロマンも何もないことを平気で言う。平和に慣れた、地球人らしいというか。
 平和が過ぎるがゆえに、退屈なので、何かにかこつけては祭りたがる。俺がこうして、地球に来たのも、そういう流れである。「せっかくだから、みんなで会おうよ」と。
 俺は皆より早く着いてしまったので、好きに時間をつぶしている。

「それを言うのなら、俺だって同じだろう?」
 しろボンが振り向く。「確かに」

 冥王星が、大陽系から外されて久しい。

 先の戦争で発生したブラックホールの影響、多数の小惑星による軌道のずれ。一応まだ王国に名を連ねてはいるが、つながりは急速に細くなっている。行き来が非常にしづらいのだ。
 新たに座標を特定する計算式は、まだ正式に確立されていない。往来できるのは、ひと月に一回程度のものだ。当然人や物資の行き来も少ない。もっとも、もともと他の星々とは離れていたので、大体自給自足で賄っていたから、取りたてて困っていもいないが。

「じゃあくろボンが織姫ボンかあ」
「そこは彦星だろ」
「オレ姫じゃないもーん」
「俺もだよ」
 などと軽口を叩きながら、しろボンは飾り付けに、俺は読書に戻る。
「だったら、くろボンも、もうちょっと来てくれればいいのに」
 しろボンが小さく呟いた。
 確かに、織姫と彦星ほど、会えない訳ではない。ただ単に俺が不精なだけ。
「くろボン、アドレスもIDも教えてくれないんだもん」
「仕事以外で煩わされたくはない」
「この時代に手紙だよ、手紙」
 笹の葉が大きく揺れる音がした。どうやらしろボンはご立腹らしい。
「今回だって、連絡つけるのに、どれだけ苦労したことか」
 まあ、そうだろうな。手紙を出すくらいだったら、直接来てもらった方が早い。

「お前、どうして織姫と彦星が離されたのか、知ってるか?」
 俺は本を閉じた。
「二人が怠けていたからだ」
 男女が恋に落ち、仕事を忘れ、現を抜かす。怒った神が、二人を引き裂く。しかし、哀しみにくれる様が、不憫だったので、一年に一度だけ、会うことを許す。七夕伝説は、仲が良すぎるが為に引き裂かれた男女の悲哀、勤勉であれ、怠惰にすごしてはならないという教訓、そういう逸話だ。
「俺が来ないのは、お前が怠けているからかもしれんな」
「えー! ひっどい、そういうこと言う?」
 しろボンは、こちらにふくれっ面をして見せる。
「オレは立派に王子業してますよーだ」
「立派な王子が、七夕に城を抜け出してくるか?」
「今日はオフなの! オフ!」
 拳を作り、断固として俺に訴える。
 まあ、物理的距離が離れているとは言え、こいつの悪い噂は聞こえてこない。それなりに王子はこなしているのだろう。
 しろボンの後ろの笹飾りは、一人でやったとは思えない、立派なものになっていた。黄色、青緑赤、吹き流し、網飾り、折り鶴。素直に感心する。こういうのは器用だなと。
 この熱意を、王子業にも生かしてくればいいのだが。

「第一、くろボンだって……」
 俺が笹飾りに目をやっていると、隣のしろボンがごにょごにょと口ごもる。はっとして、しろボンに顔を向けた。
「くろボンだってさ、オレが怠けてなかったら、会いに来るの?」
 それは……。
 口を開きかけたが、声にならなかった。
 しろボンは、呆れたような、すねたような目つきで、こちらを見る。俺が何も言えないでいると、そのまま顔を背け、また飾り付けを始めてしまった。

 往来が自由に出来たのなら。以前のように、城に残っていたら。
 しろボンが、誰もが認める立派な王子であったとしたら──おそらく、会いに行かない。
 何故だ。わからないが、『会わない』という選択肢を取ることだけは、はっきりと想像できた。

 連絡手段は、面倒な手紙以外断ってしまっている。そのくせ、呼ばれたら行く。
 俺はどうしてこんなことをしているんだ。会わない理由を作っているんだ?

 ──怖い?

 ひとつの答えに行き当たる。一緒にいるのが、怖い。
 どういうことだ。理解できない。身震いするような恐怖ではない。背筋が寒くなるようなものではない。ぽっかりと、穴が開いて、何か見つけてしまいそうな……。

 遠くから、サーッと音が聞こえてきた。
「あ、雨」
 窓の外だ。コツン、コツンと、ガラスに雨粒の当たる音がする。
 毎年そう、七夕の季節と言えば、梅雨が重なる。織姫と彦星は会えない。そもそも、ただの星は移動しない。二つの星の距離を考えれば、それこそワープでも使わなければ、一年に一回でさえ、会えやしないのだ。
 思考を雨にさえぎられた俺は、気だるさだけ後に残った。

「……迎えに行ってくる」
 そろそろ他の連中も来る頃だ。どうせすることがない。
 了解も得ないままに、俺は、玄関の傘を手に取って、勝手に外へ出てしまった。
「あ、待って」
 後ろでしろボンの声がしたが、知らないふりをして、先に行く。
 今はなんだか、一緒にいるのが、とてつもなく心地悪かった。
 傘は全部持ってきた。あいつは追ってこれない。……と、思っていたのだが。

「いえーい、相合傘ー!」
 ごす、っと後ろから突撃された。勢いで、前につんのめって、危うく転びそうになってしまう。
「何するんだ!」
 しろボンは俺の腕に手を回す。
「オレもついてくー」
「離れろ、俺一人で十分だ、帰って飾り付けでもしてろ」
「アナタ冷たーい。せっかくだから、夫婦水入らず、一緒にデートしましょうよお」
 なんで女性口調なんだ。引っぺがそうとすればするほど、強くまとわりついてくる。俺は離れたい気分だから、家を出てきたというのに。どうしていつも、俺に寄ってくるんだこいつは。
「いいもん。くろボンが来てくれないなら、こっちから行くもん」
「お前となど、一年に一回で十分だ。多すぎるくらいだ」
 傘の中で攻防を繰り広げながら、街の方へ歩いていく。
「織姫ボンと彦星ボン?」
「どうせ、この雨じゃ会えないだろうがな」
 は、と吐き捨てるように言ったのに、しろボンは、何故か得意げにニヤリと笑う。
「くろボンさんも、想像力が足りないねえ」
「……何?」
「織姫ボンと彦星ボンは、お星さまだから。雲の上の出来事なので、雨なんか関係ないんですよーだ」
 ……確かに。言われてみれば、その通りだ。
 俺たちが認識できるかできないかの話なので、天気などは関係ない。
 反論するにも言葉がないので、俺は押し黙る代わりに、恨みのこもった視線をくれてやる。が、しろボンは気にする素振りもない。
「それにね」
 言いながら、急にしゃがむ。傘から外れてしまったので、は? と思いながらも、数歩戻る。しろボンは、天を仰いだ。俺よりも、傘よりも、ずっと高い場所。
「お、ナイスタイミング」
 つられて、俺もしろボンの視線の先を追う。ちょうど、薄い雲の切れ間から、小さなか明かりが見えた。波が引くように、辺りの雲も、静かに去っていく。
「こうすればね、会えるんだよ」
 足元の水たまりを、指先でぐるぐるとかき回す。水面がゆがんで、星と星がくっついているように、……見えなくもない。さすがに雨と暗がりでは、はっきりと見えなかった。

「あれー? なんで?」
「もういい、わかった」
 俺が促すと、しろボンは、不承不承腰を上げた。名残惜しそうに、水たまりを見つめる。
「つまりね、オレが言いたかったのは……」
「わかった。ほら、来ないと濡れるぞ」
 まだ未練があるようだったが、ようやく諦めて、俺の隣に並んだ。やっぱり、近い。密着している。さっきしゃがんだときにちょっと濡れたのが、こちらまで伝ってくるくらいには。ゼロ距離だ。そして、ちょっとあったかい。
「あ、オレ、織姫ボンと彦星ボンの気持ち、わかった気がする」
 歩きながら、しろボンがふと呟いた。
「やっぱり、メールより、こうして会う方が好き」
 しろボンがこちらを見る。俺も視線を返す。ふざけた様子はない。ただ、おだやかで、真剣で、少しだけ笑っているような、さびしくもあるような。何も言えない。言葉が出てこない。
「……そうか」
 俺はそれだけ言うのが精一杯だった。