彼が、手紙などよこしたことは、一度もない。
新春の行事も、一段落した頃だった。しろボンは、自室の椅子に寄りかかり、仲間たちからの便りを眺めていた。データ通信どころか、惑星間転送が、既に当たり前のこのご時世にあって、手紙をやりとりすることは、めったない。それでも、懇意な間柄では、こうして年賀状だけは送りあう、暗黙の了解があった。
たった一言であるのに、それぞれの癖字に、性格が垣間見える。あかボンは、整った字で、文頭に挨拶を述べた後、「また今度会いましょうね!」と、文末がくだけているのが、いかにも素の彼女らしい。きいろボンは、真ん中に干支、と大きく文字。あおボンは、細かい字で、近況がつらつらと書かれてある。みどりボンは、その達筆を遺憾なく発揮。みずいろボンに至っては、別荘らしき場所でのプライベート写真に、周りを金箔で飾るという、豪華すぎる出来だった。王子を前に、あまりにお金持ちアピールがすごかったので、最初に見た時は吹き出してしまったのだった。
きちんと元旦に届いたものもあれば、数日遅れてきたものもある。例え寒中見舞いになってしまっても、誰が責めようか。届きさえすればいい。お互い何も不幸などなく、健康で、無事に一年過ごせましたよ、とわかるからだ。もちろん、普段書き物が苦手なしろボンも、年賀状だけは、きちんと届くようにしてあった。共に戦った仲間分、その内一通を除いて。
くろボンは、どうしているだろうか。
あれからいくつめの春だろうか。葉書きが届くたびに思う。『無沙汰は無事の便り』、などと言うけれど。無事であろうがなかろうが、きっと彼なら、自分には決して、知らせないように思うのだ。もちろん彼の能力なら、並大抵の危険など、脅威にはならないのだろう。けれど、意固地になって無茶していないか、とか、不慮の事故に巻き込まれていないか、とか、心配の種はいくらでもある。
それと同時に、少しはこっちの様子も気にならないのかと、ふてくされる気持ちもある。戦争終結後、皆それぞれ、元の場所に散っていった。しろボンも、地球に戻って、王子業をなんとかやっと、こなしている。王子という身分上、自分の行動は、勝手に周りにバレてしまうのだろうけど、こちらの情報だけ漏れて、向こうの様子が伺い知れないのが、平等でなくて、妙に悔しい。
そりゃあ、彼らしいといえば、彼らしいけれど──。戦争の前は、事務的に、一言二言交わすばかりで、仲が良いとは、お世辞にも言えなかった。それが、一時心を通わせることが出来た、くろボンを含めた、七人の力。いいや、それ以上のみんなの力で、宇宙の脅威を退けたのだ──その自負が、この物足りなさを生み出しているのかもしれない。危機が去ったらハイ終わりって、そりゃないよ──と、思うのも事実だ。
そんなことを考えていると、突然、コンコン、とドアをノックされた。年明けの休みの時分、公の客はいたとしても、わざわざ、自室へ尋ねてくるような来訪者など、ほとんどいない筈なのだが。この時ばかりは考え事をしていて、不用意だったと言うしかない。
何の気なしにドアを開けると、つばの長い帽子を目深に被り、視界が真っ黒になるんじゃないかというぶ厚いサングラス、口元にはマスク、薄汚れた灰色のつなぎにズックという、いかにも不審者です、と言わんばかりの、怪しい人物が立っていた。
しろボンは可及的速やかにドアを閉めた。
が、閉め切れない間に足を挟まれ、寸前で阻まれる。したたかにドアの角にぶつけたらしく、「痛!」と不審者にしては、少々情けない声を上げる。
「怖がらないで。私は怪しい人物じゃないよ」
しろボンは、爪先から頭のてっぺんまで、ためつすがめつ不審者を品定めしていたが、目の前にちらと出された紙切れに、視線を奪われた。『きいろネコ宅配便』と書いてある。これならよく見覚えがある。きいろボンのとこの、宅配便の伝票だ。宛先はしろボン宛て。差出人は無い。品名は……『くろボン』。
認めるや否や、しろボンは瞬く間にドアを閉めた。
が、またしても不審者の靴が割って入る。先ほどより勢いが良かったので、不審者は、静電気がはじけたときのような、一瞬の大きな震えを見せた。少々良心が咎めて、「大丈夫ですか?」とドアの隙間をちょっぴり緩めた。もちろんドアノブはしっかと握ったままで。
不審者が、もんどりうって、とても動けるような状態でないことを傍目にかけて、しろボンは、その伝票をじっと眺める。確かに、何をどう見ても、『くろボン』と書いてある。差出人の間違いじゃないのか。生きた人間を運んでいいのか。クール便でなくて。
筆跡は流暢であったが、くろボンのとは違う気がする。が、見覚えもある。頭のすみに引っかかるのに、もやもやぐちゃぐちゃとこんがらがって、確かな名前が出てこない。こんな崩した字だったっけか? 自信がない。
睨むように伝票を見つめていると、痛みから立ち直ったらしい、怪しい配達員は、よっこいしょ、と、かたびっこを引きながら、しろボンに問いかけた。「受け取りますか?」
「え?」「受け取り拒否もできますけど」「じゃあ、いります」
流れるような答えだった。反射的に、返事してしまった。あの『くろボン』(と書かれた荷物)を、拒否しますか? と問われたら、いりません、なんて、答えることは出来ない。怖いし。
いったい、どういうつもりで──くろボンは、こういう悪戯をするなんて、全く考えられないし。この伝票元の、きいろボンならやりかねないけれど、彼の思い付きだとしても、くろボンが、大人しく従うかどうか。そもそも、この、いかにも怪しい配達員は、どうやってお城の中へ入ったんだ? 謎がたくさんある。
問いただそうとしろボンが顔を上げ、口を開きかけたところに、一瞬、配達員がドアの影から何かを引っ張る様子を見せた。
「ワシからの──」
その影は人型──くろボンだ!
「お年玉、じゃ!」
パシーンと快活に背中を張る音を響かせ、くろボンは謎の配達員によって、しろボンの部屋に突き飛ばされた。よろけたので、彼が抗議の表情を滲ませ、素早く振り向いた時にはもう、ドアは閉められていた。しろボンは成り行きを、ただあんぐりを見ているしかなかった。
くろボンは、眉間に深くしわを寄せたまま、ぶつくさと「あの金塊め……」などと、小さく呟いていた。彼が後ろを向くと、頭の上らへんに、きいろネコ宅配便の荷札が貼られていた。さっき謎の配達員が、背中を押した際に、さりげなく貼ったのだろう。振り向く度にひらめくので、思わず吹き出してしまう。
「なんだ」
「え」
途端くろボンと目が合って、何も言いだせなくなってしまった。いや、言いたいことは沢山あったのだけれど、目の前の荷札が気になりすぎて、すべて吹き飛んでしまった。まさか、頭に伝票が貼られています、って正直に言ったら、くろボンは、あの配達員を追いかけて、走り去ってしまうに違いない。何より、言ったときの反応が怖い。
ふと、くろボンの視線が、しろボンの頭を越して、机への方へ向いたのがわかった。先ほどの年賀状が、散らかりっぱなしになっている。くろボンは、その葉書きがなんであるか、認識したようで、急に、きまりが悪そうに、目を伏せる。しろボンの方も、なんだか居心地が悪くなり、自室だというのに、逃げ出したくなる衝動に駆られた。
「あー……」「ええー……と」
どうにも言葉が出てこない。もし姿を見せたなら、今までどうしてたんだよ、だなんて、質問攻めにしてやろうとか、あれ、いたの? とか、何でもない風に装ったりとか、色々画策していたのに。それも全て荷札のせいだ。あの配達員のせいだ。
『お年玉じゃ』。
はっと閃いて、しろボンは顔を上げる。それはくろボンが口を開いたのと同時だった。
「あ、あの!」
「明けまして」
「……おめでとうございます?」
しろボンが言葉を紡ぐ間に、くろボンが話し出して、しろボンが最後を締める。まるで連作だ。
二人して神妙にお辞儀をした後、やっぱり荷札がひらめくのと、場の空気がおかしいので、しろボンはこらえきれず腹を抱えて転げてしまった。
