くろボンの孤独01

くろは皆への理解を求められたけれど、くろは誰かに理解されたのだろうか。
少なくとも漫画版紋章編ではお互いの理解を得たのだろうし、BC編では『くろボンの法則』ができる程度には理解されたのだとは思いますが。

「くろボンはいいね。強くて、カッコよくて、一人で何でも出来て」なんて言われるとくろは激昂するんだろうなあ。
お前には友人も家族もいるくせに、一人で何でも出来なくたっていいくせに。
一人で何でも出来るように『ならざるを得なかった』、孤独など理解されないのだと絶望するんだろうなあ。

だから言葉をあげるなら、「くろボンはすごいね。一人で何でも出来るように頑張ったね」なのかな。
孤独にも意味はあったのだと、過去が報われるものであってほしい。自分が不幸だったと思いたくない。ある種で子供のように純粋な承認欲求があるんだろう。

むしろ「そうだな、一人じゃ何も出来ないな」って返せるくらいの境地に至る、余裕綽々であってほしい。
本当はくろだって一人で何でも出来ないことは知っているんだよなあ。ただ、そうしないと生きてこれなかったから、それを認めるのは死に等しい。

この辺諸々考えると、46話でじいちゃんに「一匹狼云々」言われて『誰のせいで……』って(恨んではないにしても)睨みたくなるのはわかるし、47話で『一人で生きてきた』から『一人でなくとも生きていける』と悟るに至り、48話で皆の為に死ぬという、心境の変化に想いを馳せうわああああってなる。

もちろんくろにはビーダシティを守って死ぬ覚悟はあったんだけど、どちらかというと『じいちゃんの遺言を果たす』という己の存在意義の為であり、本当の意味で守る為に戦うのがラストなんですよ。

BC編くろ前提に話してたけど、だいたい歴代くろにも当てはまると思う。