頭の遥か上で、ボンバーファイターの駆動音がする。
俺は懐かしさに顔をあげ、目を細めた。空はまだ冷たい空気の名残か、ぴんと張りつめていて、澄んだ青色が陽光で滲んで淡くなっている。俺が仰いだ頃には、航跡雲だけが尾を引いて残り、機体は向こう彼方に消えていた。
日差しは穏やかで、柔らかく背中を撫でる。時折吹く風が頬をくすぐり、マントを浮かせて、進行方向とは反対に流れてゆく。
何気なく振り向くと、手をつないだ親子連れや、煉瓦に囲まれた植込みの縁に腰を下ろし、一息つくお年寄りが見られた。中には、初めて城に入るのだろう、足がもつれてしまいそうなほど駆け足で、小さく飛び跳ねる子供もいる。見ているこっちが心配になるくらいだ。
随分様変わりしたものだな、と思う。
いや、のんびりしたこの空気は元来のものだ。それに拍車がかかった……というのだろうか、地球宮の一般立入エリアも随分と拡張され、お昼にサンドウィッチを食す者や、仕事休みに昼寝をする者までいる。もちろん随所には警備の目も光っているが、ぎらぎらしたものではなく、その目つきはどことなく優しい。
優しい、ね。
己の抱いた感想に、自嘲の笑みがこぼれる。俺はあんな風だっただろうか?
とにかくにも、久しぶりに訪れる地球宮は、変わってないようでいて、なんだか知らないもののようにも感じられた。めいめい過ごす人々を傍目に、まん真ん中の石畳を、門扉目指して突っ切ってゆく。
門の前で足を止め、それを仰いだ。俺の背丈は優に圧倒する。威厳を湛えた門だ。……なのだが、ところどころ、継ぎ接ぎのようなものも見られる。木材の色が気持ち浮いている。門扉は防衛上一番重視しなくてはならないのに、これでは日曜大工と変わりないではないか。戒めなくてはいけないところだが、ふとあいつの顔が浮かんで、らしいといえばらしいな、と納得して、ゆるく頭を振った。
そうして俺がずっと突っ立っていたので、脇に控えていた門番が寄ってきた。ちょうどいい、俺は門番に声を掛ける。
「王子に取次ぎをお願いしたい」
「王子?」
門番は訝し気に顔をしかめて、俺を矯めつ眇めつ視線で嘗め回した。俺も門番の顔をじっと眺める。
顔立ちは若い。おそらく、俺がここを去った後に入った隊員なのだろう。俺が隊長を務めていた頃にいたのならば、顔を見知っているはずだ。
とはいえだ、一応は大陽系にその名を知らしめた一国の親衛隊長で、『黒い三年生』だとか『黒い三機神』だとか呼ばれていたというのに、今更自分を知らない存在に出会うのは、いささか拍子抜けした。もっと騒ぎになると覚悟していたのだが。なんだかもやもやした感情が残るのは不思議なものだ。今までさんざ持て囃されてきたからだろう。
それも仕方ないのかもしれない。俺がここを去ったのはだいぶ前だ。
その証拠に、エントランス広場の一般民たちは、俺に気がつきもしなかった。
いや、そもそも俺なんて、関心をひく存在ではなかったということか?
ありがたいやら、哀しいやら。
「お約束は?」
「ない」
答えると、若い門番は顔をひいて、いかにも不機嫌そうに腕組みをした。幼い子供なら泣いてしまうかもわからないが、さすがに若い門番に気圧されるような俺ではない。
ただ黙っていたのは、なんだか見た光景だな、と思ったからだ。そういえば自分もこんな立ち振る舞いだったことを思い出す。
……ということは、俺も小さい子を泣かせそうだったということか?
第三者の立場に立つと、気がつくことがあまりにも多い。
「お約束がなければ、通せませんね」
門番は仁王ボンの彫像のようにでんと門の前に立ちはだかった。その眉をしかめた表情が、硬い決意を現している。
もし俺の見知った門番だったら、よしなに図ってもらえるかと思ったが、そうは問屋が卸さない。いや、これが本来門番としてあるべき姿なのだ。いくら元隊長だったとはいえ、今では部外者だ。いくらなんでも、約束もなしにいきなり訪ねてきて、「王子に会わせろ」なんて、不審者以外の何物でもない。俺の無き今でも、隊はよく機能しているようで、胸をなでおろした。
しかし、会えないとなるとどうしたものか。
すんなりいくとは思っていなかった。けれども、そもそもここに来るまでに多大な勇気を必要としたので、事態を想定した対策までは練っていなかった。会えなければ会えないでいい。そう思っていたはずなのに、そのまま去ることが出来なかった。目と鼻の先まで迫っているのだ。
あおボンは地球に戻ってきてたんだったか? みどりボンはまだ地球にいただろうか……。
しばらく思案していると、門扉が向こうから開かれ、慌てた兵士が転がり込んできた。そして門番の兵士に耳打ちをする。
俺は顔を上げて、その伝令兵士の顔の筋肉の動きを見た。
(おういがはたいらくはった)
おおよそ口はこのように動いていた。もっとも、動きなど見なくても大体の事態は察していた。あの慌て方には心当たりがある。
翻訳するとこうだろう。『王子がまたいなくなった』。
また、とはなんだ、またとは。あいつは相変わらずそんなことをしているのか。
俺が思わず深くため息をついたのに、門番は気がついていないようで、伝令の耳打ちに、こちらがびっくりするようなくらい大げさに驚く。これが本来の反応だろう。俺の記憶の中では、「王子がいなくなったんだって」「へえ」くらい、兵士たちはあっさりしていた。どうやらあいつはそれなりに慕われているらしい。
王子を見たら連絡をくれ、私は捜索に加わらなくても大丈夫でしょうか、お前はここで不審者を見張れ……そんなやりとりを他所に、俺は九時の方向に転回し、その場を去った。
