拡声器から、僅かな雑音、続いてハウリング、設備の状態を確かめる「あー」という声。まもなく王子の平和記念祝賀挨拶が始まる。くろボンは、城のある方を眺めながら、黙ってそれを待つ。いつもならば直接城前広場に行きそれを聞いていたのだが、どうやら今年からは行けそうにない。
思えばすでに任を退いた自分が、わざわざ城に赴くのも妙な話だ。だったら辞めるなんて言わなければ良かった。だがくろボンには、己がもう職務を果たせる身でないことはわかっていた。これでも大分長く残った方だ。どうしても縋って引き止める手を解くことが出来なくて、最後はみっともない姿で映っていたことと思う。
わざわざ城に行っていたのは、そうして縋ってくるほど頼りない王子が、責務を果たせているのか気になっていたからだ。一種の親心と言っていい。広場の端の端の、城から見たらあられにしか見えないであろうほど遠い箇所から、目を寄せてようやっと見えた久しぶりの王子は──立派だった。そんな姿、自分の前では見せたことが無かったくせに。いや、気がつかなかったのか。声は澄んだ空気によく通り、背筋は眠がる普段とは違いまっすぐに伸びている。それでも内心、膝が震えてるんだろうな、そう思うと自然と口惜しさは収まって、代わりに口の端からふっと緩む。
見つかりたくない気持ちと、見つけてほしい気持ちが混じって、毎年この時期同じ場所で、しろボンの演説を聞いていた。きっと気づいてはいまい、あいつはそういう奴だ。間が抜けている。こっちは必死になって目を凝らしているというのに。
今年は家で聞くこととなる。幸い、国の一大イベントとあって、こんな片田舎の片隅でも、全国民に行き渡るよう放送が流される。ノイズが混じるのは少し残念ではあるけれども、聞けるだけ、ありがたい。……ありがたい? そう思っている自分に、自嘲の笑みすら零れる。
(えー……マイクテスト、マイクテスト)
あいつの声だ。後ろから、王子、音入ってますよ! え?! 本当に?! そんなやりとりが聞こえるのがあいつらしい。すでにテストを終えているマイクで、さらにテストをしてしまうのもあいつらしい。
(今回も、グランドクロスフェスティバル、が、無事に開催される、運びとなったこと、誠に、嬉しく思います──)
そういって演説は始まった。この文言はこいつが選んだものだろうか。そうだとしたら、大分成長したものだ。ところどころ難しい単語では噛んでしまっているけれど。
だいたいこういったお偉い方の挨拶というものは退屈で、中身がない。国民の関心ごとを我々も気に掛けている、というアピールだ。しろボンの演説も実につまらない。堅苦しくて、窮屈で角ばっていて、あいつらしい言葉が一つもない。王子としては素晴らしくはあるけれど──そういえば自分が、王子らしくないしろボンに対して、一番不平を漏らしていたなと思い出す。
(ところで、このお祭り、は、かつての、惑星直列、を祝うと同時に、戦争の、終結、を歓ぶ為のものでもあります)
戦争、という言葉を拾った時、ひくっと肩が無意識に身じろぐのを感じた。あの戦争。無かったらどうなっていただろうか。きっと自分は今になっても高慢なままだった。あいつと歩み寄ろうなんて考えもしなかったに違いない。こうやって演説を聞くことも無かっただろう。
王子は続ける。
(こうして、お祭りが開けるのは、命を懸けて戦った、勇士たち、が、いたからです。オレ……いや、私……あーもうオレでいいや! 面倒くさい! オレを助けてくれた、仲間たちがいたからです!)
いいのか、それで。心の内で聞こえるはずのない茶々を入れる。やっぱり相変わらず、あいつに難しい話は無理なのだ。毎年どこかしこでボロは出るけれど、今年は特にひどい。なんだか可笑しくて、ふっと鼻が鳴る。懐かしい感じがする。以前はこの様子が、目の前で繰り広げられていた。
(仲間、いや友達かな。今もみんな、オレを助けてくれて、仲良くしています。だから、この場を借りてお礼を言おうと思います。あおボン、あかボン、きいろボン、みどりボン、みずいろボン! みんな!)
そこでくろボンの名前は省かれた。
ノイズが電子的な砂嵐の様にただ長く延びている。
当然と言えば、当然か。
王子を敬ったことは無いし、敬う態度を見せたこともない。口を突いて出るのはいつも悪口で、それが本心でないかと言われれば、そうでもなかった。寝坊すれば咎めるし、悪戯を見せればきつく叱った。なんだ俺は、親か。あるいは教育係か。いずれにしても、臣下の態度ではない。自分の仕事を淡々とするだけで、あいつを助けてなどいない。ましてや友人であろうはずがない。
だったら何故、引き止められたのだろう?
寂しい? 褒められたい? 一言でも礼を言われたかった? みんなの前で? それは恥ずかしいだろう、公衆の面前で、全宇宙に発信されたかったのか? 仲間だと思われたかった? 自分はそんな態度しなかったくせに。なんという自分勝手か。認められたかった? いや、散々あいつは羨んでくれただろう。違う、『すごいね』、ではなくて。何を言われたいんだ? 頑張ってきたつもりだった、自分なりには。それはたった一言で片付けられるようなものではないのに。いや、そう思っているのは自分だけだ、一体何を期待している──。
やはり自分は高慢なままだった、と思う。面を張られた、いや、腹でも腸でも刺された気分だ。息をしているのかどうかもわからない。ただ、頬が熱くなっていくのだけはわかる。
どんな苦難を乗り越えてきた自負はあったのに、王子の、こんなたったひとつの演説で、泣きそうになっているのか。
(そして──くろボン)
口をかむ。
(今はどこにいるかわからないけど、うんとうんと助けてもらいました! ごめんねぇ、おっちょこちょいで!)
どうして、こんなたったひとつの演説に、
(だからもちろん、大切な仲間だし、大切な友達です! イエーイ、聞いてる? 聞いてると信じて!)
泣きそうに、
(みんな、ありがとおおお!!!)
割れんばかりのしろボンの絶唱、そして、割れんばかりの拍手。うるさい、なんてここから怒鳴れやしない。
やがてノイズは収束してゆき、放送は終わりを迎える。なのにまだ、最後の言葉が耳に残っている。
あれはくろボン一人に向けられた言葉ではない。他の仲間、皆一斉に与えられた言葉だ。しろボンにとってそれ以上の意味もなければ、それ以上の価値がある訳でもない。わかっている。わかっているのに。
目を閉じたまま、いつまでも繰り返された。ずっと。
ちょっとくろボンさんが繊細すぎる
