抱かれ方しか知らないくせに(没)

 オレの名前は「W」。「ダブリュー」と書いて「ウィー」と読む。由来はよくわからないが、ここではそう呼ばれている。
 他の面々も、「P」と書いて「ピノ」、「R」と書いて「ロール」、それぞれ名前が与えられているので、本当の名前など知る由もない。
 本名どころか、正体も不明だ。
 皆一様に黒の三角頭巾に黒の外套。目が悪い人は眼鏡とか、あるいは女の人だろうか後ろの頭が盛り上がっていたりとか、若干の個性はあるものの、個人を特定するには至らない。もとより、素性の詮索は禁じられている。体格や声で、なんとなく推測が出来るくらいだ。
 そんな、没個性に身を包んだ集団が、こんな土壁に四方を囲まれた狭苦しい空間にひしめいているのだから、異様としか言いようがない。ちなみに洒落ではない。
 オレがここにいるのは、今夜、ここで集会が行われると掴んだからだ。
 時刻は亥の刻。
 背後でドアがぱたんと閉まる音がして、この軍団の中にあって一際のっぽの黒頭巾が、一同一瞥するようにランプを回す。ぼんやりと顔の下から照らされる様は、これとない肝試しのようだ。
 どうやら彼がリーダーらしい。席に着くと、皆揃って礼をした。

「それでは、今月の定例会議を始めます。初めて参加される方もいらっしゃるので、簡単に自己紹介を。私、この『黒魔術研究会』の代表をしております、「S(ステラ)」、と申します。どうぞ、お見知りおき下さい」
 Sと名乗った人物は、軽く頭を下げた。
「始めに申し上げておきますが、ご存じのとおり、我々はこうして地下で活動しております。活動の目的から、存在が明るみに出ることは許されないのです。ですので私語はなるべく謹んで頂き、拍手も無用に願います」
 一同は同意を示すように、それぞれに頷いた。

 ──黒魔術研究会。
 オレがこの存在を知ったのは、ついこの間だ。
 城下の外れ、地球宮より徒歩五分。山間にひっそりと空いている壕。お化けの噂もあるそこは、立ち入り禁止のロープが張り巡らされており、誰も足を踏み入れることはない。……この人たちを除いては。
 確かに、黒頭巾の集団が夜な夜なこんな会合を開いていたら、お化けの噂も立つだろう。オレも初めて見た時は、お化けかと思ったのだ。

 ある日、夜中にトイレに行きたくなって目を覚ますと、寝ぼけていたらしく、何故か外で用を足さなくてはいけないと思い込んで、勝手口からお城を出たのだ。そこで突然聞こえた足音、話し声。飛び上がって、尿意も引っ込んで、思わず物陰に隠れてしまった。
 後から考えれば、見回りの兵士がパトロールしていることだって十分あり得たのに、第六感だろうか、そんな考えはまったく浮かばなかった。そして実際、違ったのだ。
 黒頭巾が二人。
 吸い込んだ息が漏れる。転げて尻もちをつく。
 しかし二人はお互いの話に夢中になっているようで、こちらにはまったく気づいていないようだ。
 小さく震えるのを抑えながら、よくよく相手の足元を見ると、きちんと地に足がついている。ということは、お化けじゃない。
 だとすると、強盗! ……かとも思ったが、こんな暢気に、城の周りをうろうろしている強盗なんているだろうか。よくある唐草模様の風呂敷なんて持っていないようだし、凶器になりそうなガンとかナイフとかも、隠し持っている可能性は否定できないが、見た限りではないようだ。代わりに手持ちは、よく書類を挟む四角の半透明box。どちらかというと、仕事帰りの印象に近い。
 ……だとしたら、何故? こんな時間に、こんなところに?
 そうっと側耳を立ててみると、いくつかの単語が聞き取ることが出来た。
 ──次回……一か月後……研究会……。
 それは、何かの集会のようだった。
 ──どうする……そろそろ気づかれるのではないか……いや……感づかれている……くろボン。
 意外な人物の名前が出て、オレはどきりとして、声を出してしまわないように、咄嗟に両手で口元を押さえた。
 徐々に足音が近くなってくる。バレませんように、バレませんように! 逸る鼓動と同じリズムで、オレは必死に祈った。
 ──たとえ、気づかれようとも……我々の思いが変わるわけではない。成し遂げなければ……。
 木箱の影に丸まって、目の前を四足の靴が通過してゆくのをじっと待った。
 よしておけばいいのに、その正体が気になって、ちらりと頭を上げた。すると、後頭部が、石壁にぶつかって、小さく音を上げた。
 しまった!!!
 頭巾の足が止まる。奥から、人魂のような怪しい光を放った双眸がこちらを覗いている。
 ガタガタと勝手に体が痙攣しだす。何もしていないのに、呼吸が上がる。
 頭巾の一人が、こちらに手を伸ばした。
「ひっ!」
 思わずオレが頭を抱え込むと──。
「興味がおありでしたら、いらしてください」
 手に握らされたのは、『黒魔術研究会』のビラチラシだった。

 それで、物は試し、と飛び込んでみたはいいものの……。
 オレは目だけで辺りを一周する。
 くろボンに対して、思うところある人たちが、こんなに大勢いるとは。
 気持ちはわからないでもない。エリートを絵にかいたようなエリートなのだ。一国の守備隊長、頭脳明晰、おまけにイケメンときてる。そのくせ性格はクールで無愛想。オレだって、ハンカチを噛みしめたいくらい悔しいけど、敵わない。
 そういう鬱憤が溜まった人たちの集まりなのだろう。まともにいっては、赤子の手をひねるかの如く、ちぎって投げ捨てられるに違いない。だからこうして集っているのだ。
「どうしましたか?」
「え! ああいえ、続けてください」
 突如慣れない名前で呼ばれて、オレは今別世界にいるのだと身を締めなおす。
「それでは、前回の定例会から本日までの動きを、一週ごとに報告してもらいましょう。E(アイ)!」
 返事をして立ち上がったのは、研究会の運営委員である、中肉中背、体格にもこれといって特徴のない平均的な黒頭巾だった。書類を片手に、こほんと咳払いをして話し始める。
「報告致します。K(ケイ)──敢えて申し上げますが、目的の人物のことです──そのKは、一週目月の曜日に月一定例の守備隊の会議、相変わらずKは、眉ひとつ動かさず、冷たい表情で隊員たちを睨みつけておりました。明くる火の曜日には火星大統領がいらした為、終日そちらの護衛についておりました。大したトラブルもなく、Kは、相変わらず定規のような姿勢で突っ立っておりました。二週目後半の木の曜日から土の曜日にかけては、守備隊の演習がありまして、その為の打ち合わせが、一週目後半から二週目前半にかけて。一週目は勤務時間外に数名の幹部と、二週目は全体を交えて行われました。相変わらずKは、低い声を張って、隊員全員を震え上がらせておりました」
 ところどころ挟まれる、『K』の様子の部分にだけ、やけに感情が込められている気がする。
 淀みなく話すその内容は、おおよそオレの記憶している、くろボンのスケジュールと一致していた。
 これだけ把握しているとなれば、守備隊内部にもこの研究会の人間が潜んでいるに違いない。そもそも、オレにチラシを渡した人物が、守備隊員である可能性が高い。夜半城の周りを怪しまれず動けるのは、守備隊員しかいないからだ。
 しかし、相手はオレが王子だとわかった筈だ。だとしたら、どんなつもりでオレを招いたんだろう──。
 口の中が乾いてくるのに気がついて、オレは用意された紙コップに手をやった。

「──これがKの動きになりますが、合間合間、王子殿下のお相手をして、市中に繰り出しておりましたことについては、さすがに全て把握しきれませんでした」
 室内にざわめきが起きる。同時に、オレは紙コップの緑茶を吹く。
「ちょっと、W、汚いわよ」「ごめん」
 右隣の黒頭巾に肘を突かれて、オレは外套の裾で席を拭う。
 いきなりオレの話が出てくるとは思わなんだ。
 ところどころで、「その時がチャンスだったのに!」「惜しいことをした……」と、落胆のため息が漏れている。
「ご存じのとおり、Kは職務上、しろボン王子にだけは逆らうことが出来ず、また隙を見せるようです。が、王子も実に聡いお方ですので、我々に動きを読ませてはくれませんから、王子と一緒に市中に出たところを狙う、というのは、あまり現実的ではありません」
 Sがこちらを見ながら補足を入れる。
 いや、まあ、くろボン隊長、オレの言うことなんて聞いてくれませんけどね。
 なんだかすごい誤解が生まれている気がするが、当然突っ込むことは出来ない。それでは正体を自ら白状するようなものだ。
「……私からの報告は、以上です」
 Eが席に着くと、すぐさまSが仕切り、今度は別の人物を立たせた。
「では、明日以後の予定ですね。T(トロイ)!」
「申し上げます。まず、勤務予定ですが、本日遅番三連勤が終わりまして、明日と明後日、Kは休日となります。明々後日からは早番ですね。お手元の予定表をご覧ください。主だった会議の予定を入れてあります。今週末に宿直がありまして、それから──」
 オレは予め配られてあった予定表を食い入るように見つめる。
 オレだってくろボンの予定なんか一から十まで知ってはいない。なのに、この紙にはそれが詰まっている。
 主犯は内部の人間であることは疑いようがないが、まさか、ここにいる全部が全部守備隊員ということはない。なんらかの形で、くろボンと関わった人たちだ。その人たちが全員、くろボンに対して、執念の炎を燃やしているのが、ありありとわかる。くろボンは、内にも外にも、熱烈な徒が待ち構えているという訳だ。
 熱気にあてられて、反対にオレは、背筋に冷や汗が流れる心地がした。

「──Kの予定は、大体この通りです。ですが、先にEが申しあげたとおり、合間にしろボン王子が割り込んでくる可能性がありますので、その点ご留意頂きたいと思います」
 今度のオレは、息を飲み込み損ねてむせてしまった。
「なんなのよ、W、さっきから」「ごめん」
 左隣の黒頭巾に爪先を小突かれて、オレはゆっくりと呼吸を整える。
 いきなりオレの名前が出てくるのは胸に悪い。
 やはりところどころで、「これでは、まったく機会がないではないか」「どうにかして捕まえられないのかしら」と、怒りすら滲ませた声が漏れている。
「皆さん、落ち着いてください。確かに、しろボン王子は我々にとってはイレギュラーな存在です。しかし、敵としてではなく、味方として見るべきです。現に彼は、Kを城下へ連れ出す原因を作っています。Kの私生活は謎に包まれ、ともすれば、登城と下城でしか街を出歩く姿を見られないくらいだったのが、この頃は頻繁に外へ出ています。結果、我らの情報も増えていっているのですから」
 Sが憤怒に沸く一同を諭す。
 オレはどきり、どきりとした。二回もだ。
 オレがこの面々に、くろボンの情報を与えるチャンスを作っていたなんて──。これが一つ。
 くろボンを連れ出すのは、正直、勝手がいいからだ。
 城から出る許可など、当然意味もなく下りはしない。こっそり抜け出してひっ捕まって後で大目玉喰らうくらいなら、不機嫌になること覚悟して、くろボンに護衛をお願いした方がいいというものだ。
 あ、そういや今日もこっそり抜け出してきちゃったな。だけど、こんな場に、くろボンを連れて来れようがない。……それはそれとして。
 オレの鼓動が跳ねたもう一つの原因は、この、Sという人物──彼こそが、オレにチラシを握らせた本人であることに気がついたからだ。
 声の調子、背格好、話し方。さすがに黒ずくめの格好といえど、材料がこれだけあれば、疑いようがない。
 おそらくSは守備隊でもかなりの幹部だろう。だからこそくろボンのスケジュールも把握しているし、城の中も自由にうろつける。そんな人物が、オレを研究会に引き入れた訳、そしてその本人を前にして、オレの話をする訳──。
 オレが探るようにSの方へするする視線を伸ばすと、不意にSと目が合ってしまった。
 頭巾の奥で、人魂のような灯りを燈した眼が怪しく光って、オレは思わず声を飲み込む。この暗い環境も合わせると、本当にお化けのようだ。
 けれどSはオレに何を告げるでもなく、ふっと視線を外してしまった。その意味ありげな動作が、何かの合図のように感じられた。

「それより皆さん、いい知らせがあります」
 Sが紡いだのは、そんな言葉だった。
 それは、オレ、いやくろボンにとっては、きっと悪い知らせなのだと予感した。
「守備隊の月一定例パトロールですが、今月Kは城下を持ちまわることが決定致しました」
 どよどよっと驚きの波が部屋に広がる。
「定例パトロールは通常の見回りと違い、防火消防設備、耐震設備、安全対策など、多数の項目にわたってチェックが必要な為、時間も長く取られます。基本三人ないし四人程度で一組となり回るのですが、単独行動を好むK故、これまでの定例パトロールでも、必要事項のチェックを終えた後、一人でもう一度見回ることが常のようです。──我らにとって、最大のチャンスといって良いでしょう」
 最後、一層と低く鋭さを増した声色は、オレに冷や汗を垂らさせるのに十分だった。
 地響きのように、湧き上がる興奮が、この部屋を揺らしているような錯覚に陥る。
 所在なく視線を彷徨わせるオレを他所に、努めて冷静だったSが、突然席から立ち上がった。
「皆さん、我々の目的は、何か! それは、Kを」
「踏ん捕まえて!」
「ひん剥いて!」
「我ら積年の恨み、思い知らせてやることです!」
 号令のように仲良く並んで、誰ともなく口々に、高らかと宣言する。
 まずい。これはやばい。
 ヒートアップする部屋。真夏の陽炎のような、じりじりと迸る熱気。
 さすがにこれは、どうにかして止めなくては──しかし、今ここでオレが反対しようものなら、ぐるぐる巻きの簀巻きにされて、ビーダ川に放り込まれかねない。
 もしかして、Sは、この為にオレを引き入れたのだろうか?
 彼らにとってイレギュラーのオレが、計画を邪魔しない為の、人質として──。
 そうだとしたら、オレがこの場にいること自体が危険だ。
 部屋全体が歓喜に沸く中、オレはそろそろと、席を離れようとした。

「W氏、どこへ行くのです?」
 目ざとく見つけたSが、オレの背後から声を掛ける。
「い、いや! トイレ……」
「何やってるのよ。この辺には無いから、予め会の前に済ませておきなさいって鉄則でしょう?」
 やれやれと行った調子で、Rが呆れたように窘める。
 そんなこと言われても、新参のオレが、どうして鉄則を貫けようか。
「……お前、さっきから怪しいな」
 黒頭巾の内の誰かが、オレにそんな疑惑を投げた。
「さっきから、そわそわして落ち着かないし。話しのいいところで、むせたり吹き出したりして腰を折るし。皆がこうして喜び合っているのに、お前一人だけ何だか嬉しくなさそうだが、どうなんだ?」
 その通りです。
 ……なんて、この場ではとても言い出せる訳もなく、オレは上手く言葉が継げずに固まってしまった。
 ゆっくりと振り向くと、周りの黒頭巾全員が、先ほどの興奮はどこへやら、恐ろしく冷たい目で、こちらを睨みつけている。
 やばい。このままだと、ロールケーキにされてビーダ川に放り込まれる。
 なんとか言い訳を考えなくては!
「い、いや、なんか外で足音が……」「そんな訳ないだろ!」
 とっさに出たでまかせは、オレの思った以上に棒読みで、即座に否定される。
「まさかこいつスパイか!」
「我らの邪魔をする気か!」
「そうなったらただでは帰せん!」
 一人、一人とまた席を立ち、オレの方へ輪を縮めながらじりじりと寄ってくる。
 しくじった!
「何が目的だ!」
「オレはただ、くろボンを……」
「しっ!」
 突如Sが人差し指を口元に当てた。
「……足音がします」
 全員の視線がオレに向く。
 いよいよオレはブッシュ・ド・ノエルにされてしまうのか……と目を瞑った時だった。

「そこまでだ」
 恐ろしく静かな響きだった。
 汗ばむくらいの熱気が、急激に冷やされていくのを感じた。
 オレはこの声を知っている。
「ビーダ王国憲法治安維持法3条。守備隊に届け出なく、国有地に無断で立ち入ることを禁ず。……それを抜いてもこんな夜中、集会を開くのは非常識だと思うがな」
 それは、れっきとしたくろボンの声だった。
「くろボン!」「どうしてここが!」
 一同に動揺が広がる。
「我々は、きちんと守備隊に許可を取ってますよ」
「俺が否決した」
 くっとSが顔、もとい頭巾を歪ませる。
 Sがちらつかせた書類を、Sごと見下ろして、自然な動作で貰い受ける。「気づいてないと思ったか?」
 くろボンがぼそぼそと、Sの耳の辺りで何かを告げる。その声に怒気などは感じ取れず、ただただ冷たかった。
 どうにもくろボンはSの正体について気がついているらしく、びくりとSが反応するところをみるに、それは正解だったのだろう。
「承認権については考えなくてはならんな」
 くろボンがつかつかと部屋の奥へ進み入る。頭巾一同は、先ほどの威勢はどこへやら、本人の迫力を前に震え上がり、進路を譲るのみ。
 いつの間にか、くろボンという名の盾に押され、壁一面に追いやられていた。
「お前らの正体も大体割れている。何を企んでいるのか知らんが、邪な考えに他あるまい。こうして現場を押さえた以上──」
 場の空気が凍る。
 くろボンの裁きの槌が降ろされようとしていた。

「待ってよ!」
 オレは意を決して、くろボンの前に進み出た。
「……しろボン王子。こんなところで、何をしているんです」
 さして驚いてもいない風で、くろボンはこちらに一瞥をくれる。
 やはり気づかれていたか。
 そしたらこんなもの意味はない、とオレは頭巾を脱ぎ捨てた。ざわめきが起きるが、そんなのどうだっていい。
「くろボンに、みんなをどうこう出来やしない」
 オレは出来るだけ目を見据え、はっきりと言った。
「確かに、こんな夜中に集まって、近所の人からしたら怖いに違いないけど……けど、みんながやっていることを、くろボンが責められる訳がない」
 くろボンは、怖かった。
 目に見えて怒っているようではなかった。いつものように眉間にしわを寄せ、腕を組んで仁王立ちしていた。ただ、空気、威圧感、見下ろす視線の鋭さが、オレを圧倒していた。
 気持ちで圧されないように、オレは足にぎゅっと力を入れる。
「貴方もこいつらに感化されたんですか」
「ああそうさ!」
 オレはわざとらしいくらい大きく頷く。
 だって、みんなのいうことはわかりすぎるくらい、身を持って知ってるんだから。
「やり方はともかくとしても、みんなの気持ちは痛いほどわかる。大体、こうしてみんなが集まるようになったのも、くろボンのせいなんだよ! わかる?」
「わからんな」
 まるでお話にならないという風に、バッサリ切り捨てられた。
 わからずや! そんなんだから、こういう集まりが出来てしまったというのに!
 もどかしくて地団太を踏みたくなるのをぐっとこらえる。
「どのような裁きが下されるかはわからんが、少なくとも一両日は勾留だ。全員表へ出ろ」
 くろボンが唯一のドアを目で指し示す。
 駄目だ。
 オレには、この集まりを見捨てることは、どうしても出来ない。
 最後の手段だ。
 くろボンにも相当のダメージがいくだろうけど──仕方ない。
 懐から丸い塊を取り出し、くろボンの眼前に広げてみせた。

 くろボンの動きが、止まる。
 遅れて、組んでいた腕が下がって、足元で退る音がして、呼吸は止まったようで、ただ、その動いている目は、徐々に暗く沈んでゆく。
「なんだ、これは」
 くろボンが、絞り出すように漏らした。
 オレが広げてみせたのは、かつてSに握らされた、この『黒魔術研究会』のチラシだった。
 それには、こう書いてある。

 【黒魔術研究会】
 守備隊の若きエースパイロット、くろボン隊長を影に日向に応援する集まりです。
 くろボン隊長に罵られたいあなた! 寝ても覚めてもくろボン隊長一色なあなた!
 是非我らと共に、くろボン隊長を応援してゆきましょう!
 ~こんな活動をしています~
 ・月一回の定例会
  朝起きてから夜寝るまで、くろボン隊長に密着!
  くろボン隊長に関する意見交換
 ・フリーペーパー
  最近の動向を、スナップ写真を交えてご紹介。
 ~入会資格~
 ・くろボン隊長が好きな方。以上!

 ……他には、『王国一のハンサムエリート!』だの、『三角定規の眉がステキ!』だの、好き勝手書かれている。
 この後も延々と続いているが、色々、オレとしても気恥ずかしいので省略する。
 本人としては、青天の霹靂ものだろう。
 オレはこの場を仕切りなおすように咳払いして、改めて告げる。
「だから、みんなくろボンが好きだってのに!」
 いよいよストレートに言われて、さすがのくろボンの堅固な牙城も崩れだしたらしく、みるみる内に顔が青ざめていくのがわかった。
 滅多にみられない表情なので、後ろの黒頭巾さんたちにとっては絶好のシャッターチャンスなんだろうけど、オレはくろボンの荒れ狂う心中を察して同情せざるを得ない。
 もっとも、自業自得なんだけれど。
「くろボンっていっつもそう、素っ気ないというか、冷たくて、周りにこーんだけ好きだよ、って言ってくれる人がいるのにそんなんだから、こうしてこっそりしなくちゃいけないんじゃないか! モテモテのくせに!」
 半分オレのやっかみも入っている。
 普段から贈り物が後を絶たず、二の月なんかチョコで城が埋まるくらいもらうくせに!
 くろボンはしばらく肩で震え、チラシを見つめていたが、やがてふっと張り付いた表情をして顔を上げた。

「……その集まりに、お前が?」
「えっ」
 オレは言葉を失う。
 そう、確かにそうだ。
 『黒魔術研究会』、端的に言えば、『くろボンファンクラブ』、そこにオレがいる理由。
 興味本位とはいえ、逆に言えば、興味があったということで……。
「いやいやいや違う! オレはそういうんじゃない!」
 オレは手を振って否定するが、いよいよくろボンの目つきが、蔑むようなきついものになっていく。
 一方後ろの黒頭巾たちは、ひそひそと「あの顔! ステキ!」とか言っているもんだから始末が悪い。
「くろボンのこと好きじゃないし! いやあの嫌いってことじゃないけど、そういうことじゃなくて!」
 言えば言うほど墓穴を掘っていく。
 本当に穴でもあるなら入りたい!
 顔がかーっとなっていくオレとは逆に、くろボンはすっと冷めた顔をして、絶対零度を思わせる響きで、オレに告げた。
「わかりました」
「え、……何を?」
 くろボンはそのまま何も答えず、静かな強い足取りで部屋を出ていく。
 結局残された有象無象の黒頭巾たちは、雲散霧消してしまったらしい。

 思えば、戦争があるまでよそよそしかったのは、これが原因かもしれない。

没理由:
オチが弱い