すくない逢瀬のさいご

 ──開けた場所に出た。
 さすが宇宙を束ねる王国、その居城は、途方もなく広い。田舎出身の俺にとっては、どっちが右でどっちが左か、みんな同じように見えてしまう。本当は宿舎の方へ行かなくてはならないのに、うろうろした末たどり着いたのは、緑の生い茂る庭。真ん中に噴水があり、周りを取り囲む花壇は、丁寧に手入れされている。赤や黄色の色どりが鮮やかで、思わず見惚れてしまう。噴水の水が流れる音、小鳥のさえずり。公園、いや楽園のようなおもむきだった。
 おのぼりよろしく、辺りを見まわしていると、外廊下の向こうから、影がこちらにやってきた。

???
「こんにちは! キミが新しい守備隊員だね。」

 彼は、にこやかにそう挨拶した。汚れのない純白の衣服、あどけなさの残る顔。王子、と名札がついている。いやに口調がなれなれしい。
 王子は、こちらの不信感を感じ取れていないようで、気にせずそのまま話し始める。

王子
「聞いたよ! 成績トップで合格したんだって!
 実は、オレも同い年なんだ。
 これからよろしく!」

 再び、先ほどのような、人好きのする笑顔。一般的な感覚であれば、心奪われるところなのかもしれないが、こちらは逆に、うさん臭さを感じていた。
 なんで、自分のことを知っている。
 試験成績は、一般的には公表されない。なのに、どうしてトップだなんて知っている。まあ、見た目から判断すれば、大層なご身分だろうから、越権行為によって、知りえたのかもしれないが。
 それよりも、年だ。同い年だと、どこで知った。
 成績なら、まだわかる。が、年齢となると、個人情報だ。地球守備隊は、そんなに情報管理が甘いのか。
 これから身を置く場所だというのに、不信感が募る。

王子
「そうだ、キミの名前を教えてよ!」

 しかしやはり王子は、気にした様子を見せなかった。
 何が、「そうだ!」なんだ。同い年なら、仲良くできると思っているのか。勝手に人のことを嗅ぎまわっておいて。
 そもそも、こちらの年齢は知っているのに、何故名前を知らない。どういうことだ。

 俺は答えたくなかったが、王子はじっと、こちらを見つめている。名前を言うまで、待っているつもりらしい。まったく、迷惑な。
 しばし考えた後、こう返した。

「こ」「と」「わ」「る」と。

王子
「そっか! 『ことわる』って言うんだ。いい名前だね!」

 王子は弾けんばかりの笑顔で言った。
 大丈夫か、こいつ。どこをどうしたら、名前だと思うんだ。どう考えたって、答えたくないっていう拒絶だろ。
 無視される、拒絶される、という概念がないのか? その楽観的思考は、呆れを通り越して、尊敬の意すら感じる。人のことは言えないが、こんなコミュニケーション能力が欠けた奴で、大丈夫なのか、この国は。
 あろうことか、『いい名前』とは。センスも疑わしい。

王子
「おれの名前は『ホワイト』。この国の王子さ。」

 そうか。どうでもいい。

ホワイト王子
「お城って広いから、迷うでしょ。
 よかったらオレが、道案内してあげるよ!」

 そう王子は申し出た。こちらが訝しんでいるのに、まったく気づく様子もなく。 
 確かに、道に迷っているのは事実だ。状況から考えれば、王子の申し出は、天の助けとも言える。
 が、こんな怪しい奴と共に居るのは、ごめんこうむりたい。

 ふたつの選択肢が浮かんだ。
「ありがとう! ぜひ案内してくれ」、
「せっかくだけど、一人で歩きたいんだ」

 迷いすらしなかった。
「断る」
 俺は口に出していた。

ホワイト王子
「そう? 大丈夫ならいいけど。」

 王子は残念そうに眉を下げた。

ホワイト王子
「わからなくなったらいつでも聞いてね!」

 おそらく、一生聞かない。その前に、この城すべての配置を記憶してやる。
 きりのいいところで、鐘の音がした。

ホワイト王子
「あ、もうこんな時間か。」

 どうやら、時間を知らせるものらしい。

ホワイト王子
「キミも戻らなくていいの?
 じゃあね! バイバイ! またね!」

 そう残して、足音早く消えていった。さんざこちらを引き留めたくせに、去り際だけいやに早い。戻れないのは、誰のせいだと思ってるんだ。しかも、こちらに反論もさせず、勝手に帰っていくなんて。
 もう会いたくない。またね、なんて、二度とごめんだ。

***

 街並みが、雨でけぶっていた。空は薄灰色の雲に覆われている。サーッという雨の音が、静かに、とめどなく聞こえている。
 しばしその様子を眺めていると、また、見覚えある影が見えた。

ホワイト王子
「あ! ことわるだ!
 こんなところで!」

 やはり、こいつか。もう二度と会いたくないと思っていたのに。しかも、相変わらず名前を間違えている。
 こちらが嫌がるのをよそに、王子は、屈託のない笑顔を見せる。

ホワイト王子
「すっごい雨だね。
 ことわるはどうして街に?
 ……そっか、守備隊のおつかいかあ。新人は大変だね。」

 俺は何も発言していないのに、勝手にこちらの事情をしゃべる。
 確かに、遣いで街に来たが。どうしてそれを知っている? また何かこっそり情報を得たのか。

ホワイト王子
「オレ? オレはケーキ買いにきたとこ!
 あ、おしのびだから内緒ね!
 ことわるも一緒に食べない?
 ……すぐ戻らなくちゃいけない? そうだよね。」

 そのまま王子はしゃべり続けている。こちらの返答も聞かず、一人で納得している。もしかしたら超能力者なのかもしれない。
 そもそも、一国の王子が、おしのびでケーキを買いに来るって、どういうことなんだ。他に、こいつ以外、人は見えない。供もつけず、一人で来たのか。俺が所属しているはずの守備隊は、一体何をしているんだ。
 しかし、周りが騒ぎ立てる様子もない。気づかれていない? 王子として、影が薄いのか。いやまさか。これだけ押しが強いのに、そんな訳がない。
 あるいは、ヤバい奴として、居ないものとして扱われているのかもしれない。

ホワイト王子
「あ、じゃあ傘貸してあげるよ」

 すっかり忘れて無視していたが、王子はそんなことを言っていた。目線が合う。こちらが返答するまで、てこでも動きそうにない。

 ここでも、二つの選択肢が浮かぶ。
「お言葉に甘えて、借りようか」
「悪いから、濡れて帰る」

 決まっていた。「断る」と。

 こいつに借りを作りたくはない。接点を作りたくない。君子危うきに近寄らず。いや、この場合、君子自身が危ういのだが。国王、しっかり教育してくれ。
 心が決まるや否や、一目散に走り出していた。

ホワイト王子
「え? 大丈夫? めちゃくちゃ雨降ってるよ。」

 心配してくれているらしいが、まるっと無視する。

ホワイト王子
「ちょっと、ことわる、ことわるー!!」

 大声で間違った名前を呼ばれて恥ずかしい。かき消すように、雨の音が大きくなる。バシャバシャバシャ、とわざとらしいくらい音を立てて。
 これだけ濡れたのだから、翌日、風邪で寝込むことも覚悟したが、どうやらそういうことは起きなかった。

***

 小高い丘の上。澄んだ空の色。綿雲がところどころに散っている。
 たくさんの人。純白のクロスが掛けられたテーブル。七面鳥ロンと思しき丸焼き、ローストビーフのようなもの、トマトやレタスのようなサラダ、いくつかのケーキ。中身の入ったグラス。吊り下げられた、どこかの国々の国旗。陽気で軽やかな音楽。
 見るからに、祭かパーティだと推測された。

ホワイト王子
「あ、ことわる見っけ!」

 しばらく辺りを眺めていると、不穏なセリフが見えた。ドカドカドカ、と、おおよそ身分の高い人間とは思えない、粗雑な足音を立てて、真っ白王子がこちらにやってきた。
 二度あることは三度ある。行くところ、先回りでもされているような気がしてきた。

ホワイト王子
「ことわるも来てたんだ。いやあ、お祭りっていいよね!
 にぎやかで楽しいし、珍しいものや、美味しいものがいっぱいだし。」

 相変わらず、一方的に話し始める。こちらに発言権はない。

ホワイト王子
「せっかくだから、いっしょに回ろう」「断る」

 一瞬の隙も与えなかった。選択肢が浮かぶ間もなかった。
 俺は守備隊員だ。いつどこで、トラブルが起きるかわからない。下っ端が、のんきに祭を巡るなど、許されるものか。

ホワイト王子
「えー、予定あるの? つまんなーい。
 仕方ないね。
 じゃあ、また今度ね!」

 王子は残念そうに眉を寄せたが、すぐにぱっと明るくなり、速やかに去っていった。物分かりがいいのはいいことだ。人の話は聞きやしないが。
 それにしてもこの王子、何故俺に絡んでくるのか。あまりに変人なので、誰にもかまってもらえないのだろうか。
 

***

 場面は守備隊の訓練場。剣道の稽古場のように見える。板張りの床に、上座には額縁。『酒池肉林』と認識できる。いいのか、そんなもの飾っておいて。適当すぎやしないか。

ホワイト王子
「すごーい!」

 パチパチパチ、と、わざとらしいくらいゆっくりとした、拍手が聞こえてきた。
 姿が見えなくてもわかる。あの王子だ。
 毎度のことだが、新入りとはいえ一応は訓練を受けている兵士が、おそらく素人であろう王子の気配を、まったく察知できないのはどういうことか。ステルス能力でも持っているのか。

ホワイト王子
「ことわるって強いんだね! カッコよかったよ!」

 こちらの疑いも知ってか知らずか、お褒めの言葉を頂戴する。名前を誤認しているのはいつも通りだ。
 どこをどうしてこちらを『強い』と思ったんだ。他に誰もいない、一人稽古だぞ? こいつ、武術の心得でもあるのか。
 と、ここで、めずらしく王子が憂いのある表情をする。

ホワイト王子
「……オレもことわるくらい強かったらいいんだけどなあ。」

 そうか。
 こちらも入隊してまもない新人だが、王子はそれより軟弱らしい。

ホワイト王子
「知ってる? 今、街で強盗が流行ってるんだって。」

 初耳だ。
 一番に現場に駆り出されるであろう下っ端兵士より、王子の方が情報が早いというのいかがなものか。ことが公になるころには、手遅れになっている可能性が早い。前々から思っていたが、この守備隊、あり方に問題がありすぎる。
 強盗が流行っているって、流行り廃りの話じゃないだろう。何やってるんだ。
 王子は、宝石商がどうのとか、人買いがどうのとか説明していたが、俺が呆れている間に、すっかり読み飛ばしてしまった。

ホワイト王子
「オレがことわるだったら、悪い奴なんて、みんなやっつけちゃうのに!」

 興奮した様子で拳を握る。反対に、俺の心は冷えている。そうか。なら鍛えろ。
 同い年なんだろう? 守備隊の条件は満たしている。異国では、王族自ら軍に所属することもあるそうだし。
 しかし、王子にその気はまったくないらしい。

ホワイト王子
「けど、大丈夫だよね。
 ことわるが街を守ってくれるから!」

 満面の笑みでそう言われた。他力本願にもほどがある。

 王子がまたもや押し黙った。知っている。こういうときは、こちらの反応を待っているのだ。
 普段まったく発言させないくせに、いきなりころっと立場を変え、何か言うまで動かない。しかも、その許された発言さえ、限られた選択肢しかないものだから、自由などあったもんじゃない。

「任せておけ」か「その気はない」。
 もちろん、俺は断る。

ホワイト王子
「えええええ!!! 冗談でしょ!?」

 王子は目を丸くする。
 冗談ではない。自分の街さえ守る気がない王子の命など、誰が聞けようか。

ホワイト王子
「ビックリしたあー。
 もう、キミは守備隊期待の星なんだから!
 もっと気合い入れなきゃ!」

 お前に言われたくはない。

ホワイト王子
「あ、訓練の邪魔しちゃったね。
 じゃあね! がんばってね!」

 言うだけ言って、王子は去っていった。
 いつも思うが、何故走っていくんだ。早く消えてくれてありがたいが。そんなに忙しいようには見えない。
 邪魔しているという自覚があるのなら、素直に顔を出さないでもらいたい。お前に言われないでも、適当に頑張るさ。

***

 今度は街を歩いていた。
 とうとう、流行りの強盗団が、派手に暴れはじめたそうだ。あらゆる店に押し入り、蔵を壊し、モノを盗み、女子供をさらっていく。人間の風上にも置けない。ここへきて守備隊も、パトロールをすることになって、駆り出されたという訳だ。まったく、こんなになるまで、一体何をやっていたんだ。
 メイン通りから裏通りへ入り、人気の少ないところへ出る。すると、どこからともなく音が聞こえてきた。

ホワイト王子
「あ! ことわる! ちょうどいいところに!」

 間が悪い。帰りたくなった。が、自由はない。
 見ると、あの王子が、白い衣服をボロボロに汚している。

ホワイト王子
「こいつらが強盗なんだ。
 今、裏口から出てくるのを見たんだ!」

 なるほど。王子は強盗と対峙していたという訳か。少しは見どころがある。またなんで城を抜け出しているのか、という疑問はあるが、今は流しておこう。

 目の前に現れたのは、王子よりも頭ひとつ高く、横は二倍くらい厚みのある、食パンが巨大化したような、大男二人だった。一人の顔には大きな傷があり、もう一人はサングラスをかけている。見るからに悪漢だ。これでは、疑ってくれというようなものではないか。知能は高くないな、こいつら。

強盗A
「へっへっへ。そこまでにしときな坊っちゃん。
 あんまり騒ぐと痛い目見るぜ?」

 傷跡のある方は、強盗Aという名前らしい。もっとマシな名前を付けてやれ。
 名は体を表すと言うが、これでは道を踏み外すのも、推して知るべし。

ホワイト王子
「ことわる!
 一緒にやっつけよう!」

 王子はこちらに呼びかけた。
 こんな深刻な場面で、その間違えた名前を呼ばないでほしい。気が抜ける。

 ここで二つの選択肢があがった。
「王子と一緒に戦う」か、「置いて逃げる」か。

 こいつらに背を向けるなど、したくはない。
 が、現実的に考えてどうか。
 こちらは下っ端兵士と、それより弱いへっぽこ王子。対して、向こうは大柄な男二人。街を荒らしまわっている連中だ。とてもそうは見えないが。
 見た目、王子は手傷を負ってはいないようだが、顔や服がすすけている。一応、立ち向かいはしたのだろう。ピンピンしている相手を見るに、まったく効いてはいないようだ。となると、戦力として計算は出来ない。
 そんな王子を、立場上、守りながら立ち回る必要がある。

 ──勝ち目は薄い。いや、ゼロだ。

 共倒れするわけにはいかない。他の兵士もパトロールしているだろう、速やかに応援を呼ぶ方が、まだ勝機はある。
 俺は王子を置いていくことにした。

ホワイト王子
「え? ことわる?
 どうして……」

 王子の顔が哀しみの色に染まる。
 さすがに少々、良心がとがめた。ほんの少しだけ。

強盗A
「残念だったな、坊っちゃん」

ホワイト王子
「わ!」

 王子が視界から消えた。

ホワイト王子
「何するんだよ、はーなーせー!」

 どうやら捕まったらしい。

強盗B
「おい、こいつ売っちまおうぜ。
 いい金になる」

 サングラスをかけている方は、Bという名前のようだ。あまりにひどい。
 情状酌量の余地はないが、気の毒ではある。

強盗A
「そいつはいいな! 美味い酒が飲めそうだぜ!」

 ガハハハハ!!!
 強盗AとBは、そろって二ッと笑う。楽しそうで何よりだ。

 足音がする。どうやら自分が走り出していたらしい。
 王子の姿が、ちらと見える。

ホワイト王子
「ことわる、助けてよ」

 青ざめて、目を潤ませ、懇願される。
 が、足音は止まない。

ホワイト王子
「行かないで、ことわるー、ことわるー!!!」

 だから、最後まで、その名前を呼ぶな。

 そうしてその場から離脱した。

***

 その後、近くのパトロール兵士を捕まえ、情報を伝達し、現場へ向かって王子を救出し、強盗団もお縄にしてめでたしめでたし。
 ……とはならなかった。

 無残な姿で、王子が発見された。

 BAD END 46 『王子の死』