君がヒロインだったとき

「だから、罠だって言ったのに」
 その声に、おおよそ緊張感などは含まれてはおらず、実に暢気なものだった。今、しろボンの頭には銃がつきつけられている。引き金でも引かれようものなら、一発であの世行きだ。にも関わらず、自分の置かれた状況など気にもせず喋るのだから、見ているこっちの方が銃口を突き付けられているような、もの恐ろしい気持ちになる。

 仮にも、王国を転覆させるなどという大義名分を掲げた組織が、こんなところを本拠とするにはひどく手狭に思えた。岩肌があちらこちらで突き出し、染みだした雨水がてらてらと濡らしている。灯りなどはわずかにあるだけで、ひどく視界は暗い。それ故に、 突然後ろを取られてしまったのだろう。おそらく抜け道もいくつかあるに違いない。

 城下町から十里ほど離れた郊外の、平原にこの洞窟はある。近頃はこれ見よがしに旗など立てるものだから、ごくごく普通の商人たちは怖がって、街に物資が行き渡りやしない。王国からすれば烏合の衆とはいえども、これは無視できないところにまでなってきた。いつ襲われるかもしれない、その恐怖が、街から活気を奪っていく。
 それなのに、この王子は何もしようとしないので、耐えかねここまで引っ張ってきたところだ。したらこの有り様だ。

「わかっている」
 くろボンは吐き捨てるように言って、続けた。
「だが、俺はお前のように気は長くない。このままではやがて王国内で経済が立ち行かなくなり、権威は失墜する。すでにこいつらは一連隊ほどの規模となっている。いつまでも様子見などとは言っていられん」
「勝手に喋るな。王子様の頭がふっとぶぞ」
 しろボンに銃を突き付けているのは、おそらくこの組織の首領であった。不揃いな太い眉、ぼさぼさの黒い髭。体格は横にも縦にもしろボンの倍以上。手配書でよく見慣れた風体だ。見かけで判断するのはよくないが、ああこれはいかにも悪そうな人相だよね、と今朝の対策会議でしろボンが言っていたのを、まことその通りだなと思い出す。

 くろボンは諦めたかのように深くため息をついて、目の前に問いかける。
「……俺は何をすればいい」
「そうだな、隊長様にはまず城に帰ってもらおうか。それで王を説得して、城を明け渡してもらおう。さもなくば王子様が蜂の巣になるぞ、ということも付け加えておこう」
 丸い鼻を鳴らして高らかに言い放った首領の面には傲慢さがにじみ出ていて、こんな状況でなければ容赦なく叩きのめしたかった。今は体が震えて動き出すのを必死にこらえている。今の王族とはえらい違いだ。穏やかでおっとりとした彼ら親子にもう少し威厳を持ってもらいたいと思う時はあるが、こんな奴らに城に居座られるよりは全然いい。所詮、地方で少し幅を利かせただけの田舎者が、この大陽系の中心たる王国の、王子と隊長に何を言うか。恥を知れ!
「お前に言ったのではない」
 叫びつけたくなる気持ちを抑えつけて、くろボンは小さくつぶやいた。薄汚れた顔をしかめる首領とは反対に、しろボンは暢気な調子のままで口を開く。

「確かに、そろそろ頃合いだしね」
 言いながら、片方の踵をあげ、爪先をこすりつけて、くるぶしをぐるぐるしだす。
「どうせならまとめて叩いちゃった方が楽かなーって、ここまでほっといたけど。もう十分大きくなったからいいでしょ」
「……理由はわかりましたが、王子。火事になったら困ります。付き合わされる国民や臣下たちの身にもなってください」
「あとでごめんねしとく」
「そういう問題ではなく……」
「勝手に喋るなと言っているだろう!!」
 首領は銃口をさらに強くしろボンに押し付けた。引き金にも半分指がかかっている。抜け道から集まってきたらしい奴の部下たちが、一斉に銃をこちらに向ける。首領が手を振り下ろせば、間違いなく弾は放たれるであろう。
「お前ら状況がわかっているのか! おれが命令すれば、お前たちは撃たれて死ぬんだぞ!」
 首領の怒鳴り声は、ひどく安っぽい脅し文句に聞こえた。王子に銃を突き付けたくらいで、自分は神にでもなったつもりなのだろうか。

「なんなら、見せようか」
 しろボンがそう言う。きっとその眼は首領を見てはいない。時々する、深く遠くを見つめる眼。きっとそんな眼をしている。
「という訳でくろボーン。立場上いろいろまずいから、あとよろしく!」

 くろボンは目を閉じた。心の中で数を数える。カウントダウンだ。
「ご随意に」
 その言葉が引き金だ。
「りょーかい!」

 しろボンは勢いよく首領の足を踏みつけた。首領の肩が跳ね上がり、少しよろめく。そのまま軸に、回し蹴りを一丁。右手を捉え、銃は洞窟の天井に飛ばされる。落ちてくる間もなく、今度は反対の足で顎を蹴り飛ばす。呆気にとられる部下たち。全員がしろボンに照準を定める。ちょうど銃が手元にきたところで、伏せて! 聞こえるより早く、くろボンは後ろへ距離を取った。しろボンは岩を狙い撃つ。砕けた破片が辺りに飛び散った。しまった、とこちらを見たけれども、奴の部下たちがいい盾となり、こちらは傷ひとつなかった。
 後は簡単だ。とりあえず動けそうな相手から、遠くの敵は手を狙って撃ち、近くの敵は膝を折らせて封じる。モグラロン叩き、出る杭は打つ。次から次へ、片っ端からどんどん倒してゆく。これは何かのゲームだろうか。すっかり蚊帳の外へ置かれたくろボンには、もう行く末を見守る以外何もできなかった。

 結局しろボンは一人で全員をのしてしまった。或る者は白目を剥き、或る者はひきつけをおこしていた。狭い洞窟の中でもみくちゃに戦った割には、無駄な怪我を負わせてはいない。後頭部やひかがみへ、的確な場所に痣や腫れが見受けられる。一応軍と連絡はつけたものの、到着するまでは手持ち無沙汰だ。とりあえず、のびあがった首領たち十数名を縛り上げることにした。

「なあしろボン、俺は必要か?」
 くろボンは、心中をこぼすように問うた。
 この場で自分がしたことと言えば、やり取りに何度か答えただけ。あとは、こうやってしろボンがのした相手を縛り上げるだけ。どちらかといえば、役回りが逆だろう。王子が相手との交渉に応じ、隊長が敵を払いのける。
 今日の話だけではない。この好奇心が人一倍旺盛な王子は、些事に首を突っ込んでは、積極的に巻き込まれていく。王子のいくところ、嵐あり。けれど、その後には、それこそ台風が去った後の空のように、すがすがしく解決してしまうのだった。
 もはや、くろボンは諦めていた。思えば、初めて手合わせたときから。

 ロープの結び目を作りながら、くろボンは昔を思い出していた。自分が『黒い三年生』などと囃されていた頃の話。いつも王子が訓練を見ていることを知っていて、興味本位で覗くなと、内心疎ましがっていた。相手になってよ、と言われた時には、思い知らせてやるといきり立ったものだったが……結果は、思い出したくもない。気を失わなかっただけ、こいつらよりましだったとしか。
 しろボンからの返事はない。自ずと手が止まってしまう。「俺は、必要か、そうでないか」。答えを聞くのに恐怖を抱いている。視線をやれない。
 遅れて、「え?」としろボンがこちらを向く。とすぐに、いつもの明るい調子で声を弾ませた。

「当たり前じゃない。今日だって、くろボンが乗り込むって言わなかったら、オレ、いつまで待ってたか知らないもん。そしたら手遅れになってたかもしれない。それに、老師とかみんなは、あんまり暴れるのはやめなさいー、って言うけど、くろボンは好きにさせてくれるもんね。気も遣わないし。だからね、いないと困るし、つまんない」

 くろボンには十分すぎる答えだった。礼を言うのはおかしいかもしれないが、とにかく何か言わなければと口を開きかけて、言葉に詰まったのは、喜びに胸が詰まったとか、そういう訳ではなかった。
 しろボンの手元、縛られている敵方幹部たち。……あれは、海老責めというものだったか。その隣は、亀甲縛り、というものか? 考えるダビデボン像のポーズ、地を這うヘビロンのポーズ、ありとあらゆる体勢で、興味の赴くままであろう新鋭彫刻家の石像のごとく、彼らは並べられていた。どこでそんな知識を仕入れているのだろう。聞いてみた……いや聞きたくはない。
 これからずっと、良い意味でも悪い意味でも王子には逆らえないであろうと、くろボンは静かに悟ったのだった。