楽園では罪になるので

「という訳でなくろボン、しろボンについていってくれぬか。お前さんがいれば安心だろう。なに、仕事ではなく休暇と思えばよい。これから忙しくなる、それまでの、つかの間の休息じゃ」
 ──なにが、「という訳で」だ。
 くろボンは心の内で悪態をついた。
 処暑も過ぎ白露に差しかかっていたが、まだ暑さが尾を引いていた。空が藤色に染まっている。今にも陽が水平線の彼方へ消えようとしている時分にあって、じっとりと空気がまとわりついて、汗ばんでいた。しろボンはまったく気にならないようで、弾むような足取りで、勝手に先へ行ってしまう。
 城下から歩いて20分ほど。ときどき、「くろボンって縁日行ったことあるの?」「はい」「いつごろ?」「昔です」「誰と?」「家族とです」「家族いるの?」「はい」などと、まったく弾まない会話を交わす。ようやくして、威容ある佇まいの鳥居が見えてきた。
 今日はお祭りであった。
 祭と言っても、テーブルに並べられた料理をめいめい取って歓談に耽る、社交パーティーのようなものでなく、市場のように店が立ち並び、人々が練り歩くという、いわゆる「縁日」というやつだった。くろボン自身は馴染みがあったが、今はあまり見掛けないらしい。それで、久々に大きな祭が執り行われる今日、しろボン王子がどうしても行きたいというもので、くろボンも出張ることとなった。ちょこちょこした外出(というより、勝手に城を抜け出す)くらいなら、国王とて目こぼしをするが、さすがに夜出歩くとなると、親心が出るようだ。

「あ、いたいた。あおボーン!」
 しろボンは、鳥居の下で待っていた人影を認めると、手を振り、駆け寄っていく。
「しろボンさーん!」
 あおボンも、こちらへ手を振り返す。
「久しぶり、あおボン。良かった、元気そうじゃないか」
「しろボンさんこそ。くろボン隊長も、ご無沙汰してます」
 あおボンが丁寧におじぎするので、くろボンもそれにならって返す。
 彼はしろボンの幼なじみで、くろボンも面識があった。今は海王星の海洋研究所で、システムの構築を手伝っていると聞いた。
「で、こちらの方々は?」
 しろボンは、鳥居の脇にいた、男女二人に目をやった。
「こちらはネレイドで一緒の、みどりボンと、あかボンです」
 よろしく、よろしく、と二人が会釈する。深緑のベレー帽を被った男子がみどりボンで、黄色いリボンを巻いた女子があかボン。
「みどりボン、あかボン、こちらがしろボン……と、くろボン、です」
 あおボンは二人に向き直り、口ごもりながら、我々を紹介した。おそらく、役職を言うのをためらったのだろう。くろボンはともかく、しろボンは完全にプライベートだ。とは言っても、隠したところで、名前は知られているので、あまり意味ないような気もするが。お互い、気をつかわないようにしよう、という取り決めの意もあったのかもしれない。
 しろボンも、紹介されて、よろしくー! と元気に声をあげた。くろボンは、申し訳程度に目礼する。なんだって、こういうのは苦手だった。
 仕事ならまだいい。形式的であるから。公人ではなく私人として、交流を深めるというのは、完全無欠とすら言われるくろボンの、唯一不得手とするところだった。
 ──聞いてないぞ。
 目の前で和やかに交わされる会話を、他人事のように眺める。幼なじみがいるからだろうが、しろボンは、今日初めて会ったと二人とも、すっかり打ち解けている。くろボンは、つとめて平静を装っていたが、ニコニコしているしろボンとは対照的に、少しずつ仏頂面が募っていくのを感じた。
 あおボンまでは知っている。今日は、あおボンが地球に来るから、しろボンが祭に行きたいと言って、くろボンが駆り出されたのだ。のんきな王子の相手はあおボンに任せておいて、自分はしれっと後ろからついていけばいい、そう思っていた。
 ところが二人も増えると話が違う。いくらあおボンの紹介とはいえ、得体のしれない存在であることは確かだ。事細かに気を配らなければいけない。しかも、友人という体で。これはなかなかに骨が折れる。
 しろボンはくろボンの気苦労などまるで知らない風で、早く行こ、と皆をせっつく。仕方なしに、くろボンは、殿からついていく。

 鳥居の先は石段になっていた。やや急で、足をしっかり持ち上げなければならない。少し顔をあげると、いくつも提灯が吊るされていた。周囲に薄闇が広がっていくさなか、ほのかに光を灯している。上るにつれ、太鼓や笛の鳴る音が、段々と近づいてくる。
 上り切ると、さすがに少し息が切れる。うつむいて、はあっと息を吐いた。一体どのくらいだっただろうか。百を超えたあたりから、段を数えるのを止めた。いや、普段ならなんてことないのだが、今日は神経をすり減らしているので、ことさら体力を消耗した。
 くろボン、早く早く、と前から声がする。しろボンも、つい今しがたはぁはぁしていたくせに、すっかり元気になっているようだ。つられて前を見ると、確かに、とくろボンは納得した。
 参道を挟むようにして、出店がひしめき合っている。人が波のようにうねっている。暗がりの中で、店の明かりがぼうっと浮かび上がるさまは、夢の世界に迷い込んだような、非現実を思わせた。

「おう、あんちゃんたち、ちょっと食うてき。ほっぺた落ちるで、サービスしたるさかい」
 ちょうど、斜交いにあるピンクの屋台から、声が飛んできた。たこロンが二匹向かい合って、「TA☆KO☆YA☆KI」とかかれた幕が垂れさがっている。棒きれに板を貼りつけたような簡素な店から、店主と思しき黄色い影が、ひょこっと顔を出した。
「いいねえ! ね、食べよ食べよ!」
 皆より早く、しろボンは屋台に駆けていく。くろボンも遅れてついていった。ふんわりと漂うソースの匂い、鰹節の香り、ジューと焼ける音。塗られたソースが明かりに反射して、たこ焼きそのものをさえ輝かせて見せる。いつもだったら、大して興味を引かれないはずなのに、こうも美味しく見えるのは、やはりここが夢の世界だからだろうか。
 正面に、メニューが吊るされていた。ふつうの、ネギ盛り、ポン酢、明太子。どーれーにーしーよーうーかーな、と選んでいる。くろボンはどれでも良かったので、いっそのこと全部買ってしまえと思った。どうせこれだけ人数がいるのだし。
「くろボンはどれがいい?」
 しろボンがこちらを向いて聞いてくる。
「お任せします」
「じゃあ、ネギと明太子で」
 何をもって「じゃあ」なのかまるでわからないが、とりあえず腹は決まったようだ。ネギと明太子、6個入り2つ。これから先も何かしら食べるだろうので、少なめにしておいた。
 はいよ、お待ち! と渡されたたこ焼きは、素手で持てないほど熱かった。食べ歩くのは難しいということで、脇に設けられていた飲食スペースに移動する。浴衣姿で談笑する女子、うちわであおぐ中老の男性、わたあめを掲げて走り回る子供。人は多かったが、端っこに空いた席を発見し、そろって腰を下ろした。
「はい、くろボンも」
 自分もはふはふほおばりながら、しろボンはこちらにたこ焼きをよこす。ネギの方だ。断るのも変なので、黙ってご相伴に預からせていただく。それにしても、たこ焼きなど久しぶりだ。もしかしたら、地球に来てから初めてかもしれない。
 盛られたネギがこぼれ落ちないように、大きくそおっと口にする。そのまま、口を動かす。
 うん、と心の中で頷いた。ほっぺた落ちる、というのは大げさだ。大げさだが、存外おいしい。焼きたてだからだろうか。表面から中までとろっと崩れ、ときどきサクっとしょうがの感触がする。たこロンが少々小さいのが、けちくさい気はしたが。

「あ、あかボンじゃん」
 突然、後ろから声がした。振り返ると、青く仕立てのいいスーツジャケットをまとい、赤いボウタイで着飾った少年がいた。大衆的なこの場にあって、随分と浮いている。
「みずいろボン!」
「知り合い?」
 しろボンが尋ねる。
「ええ、私火星出身なの。彼は、ふたご星の水星にいて、幼なじみみたいなものよ。驚いた、貴方がここにいるなんて」
 あかボンは立ち上がって、みずいろボンに歩み寄った。
「気まぐれだよ、気まぐれ。エンニチなんて庶民の文化、ボクには馴染みがなかったからね、後学のためにさ。物見遊山と言ったところさ」
 暑苦しいねここは、みんな暇人だな、と言いながら手で仰ぐ仕草を見せた。その言葉、そっくりそのまま返したかったが、やめておいた。
 なるほど、身なりだけでなく、中身も相当に「お高い」のか。すぐそこに、明太子のたこ焼きを「あちちち」とほおばっている、正真正銘の王子もいるのだが。なんだってこう、身分の高い人間は、そろって庶民の真似をしたがるのか。
「へえ。みずいろボン縁日初めてなんだ。じゃあさ、オレたちと一緒に行こうよ」
 しろボンは、口からたこ焼きの湯気を漏らしながら、事も無げに言った。
 は!?
 思わず声が出掛かったのを、慌てて抑えた。ただでさえ大所帯なのに、これ以上人数を増やすつもりか。これ以上俺の仕事を増やすつもりか。
「そう? じゃあご一緒しようかな。こっちの方あんまり来ないからさあ、道わかんないんだよね。今日はじいやもいないしさ、退屈してたとこだよ」
 まんざらでもない様子で、みずいろボンは頷く。くろボンはうなだれた。仕事でないと言ったのに。これでは、部屋に詰めて書類を片付けてた方がマシだ。

 たこ焼きも食べ終え、新たな仲間も引き連れて、またぞろくろボンたち一行は歩き始めた。わたあめ、せんべい、フランクフルトにフライドポテト、あっち行ったり、こっち行ったり、しろボンはあちこち目移りする。
「お面」
「いりますか?」
「金魚ロンすくい」
「飼えないでしょう」
「かき氷」
「おなか壊しますよ」
「イカ焼き」
「たこ焼き食べたばかりなのに?」
 ことごとく却下していくので、しろボンは、「つまんなーい」と駄々をこねた。それを見て、あおボンもあかボンもくすくす笑う。
「ねえ、くろボンって、しろボンのお母さんなの?」
 みずいろボンまでも、そんなことを言う。これだからめんどくさい。

 じゃあ、食べ物はあと2つですよ。そう答えると、わーいと諸手を上げて、真っ先にかき氷に走っていった。湿気と人ごみで蒸し暑いから、当然の選択と言えるだろう。
「らっしゃい!」
「あ、さっきの」
 屋台の中にいたのは、先ほどの黄色いたこ焼き屋だった。どうやら掛け持ちしているらしい。商売熱心なことだ。
「お客さん、どれにしましょ」
 色とりどりのシロップ、かき氷機、クーラーボックス。売り台には、メニューが吊るされていた。
 他のみんなも食べることにしたようだ。しろボンはたっぷり練乳をかけたイチゴ、あおボンはラムネ、みどりボンは宇治金時、あかボンは普通のイチゴ、みずいろボンはブルーハワイ。くろボンは? と聞かれる。やはり食べなくてはならないのだろうか。迷った末、適当に「ジンジャー」と答えた。被らなければ何でもいい。
 それを聞いてしろボンが吹き出した。腹を抱えて大爆笑している。あおボンも少し我慢するように笑っている。どうしてかわからない。てんで置いてけぼりだ。
 何? とあかボンがみどりボンに尋ねる。「神社ですからね、ここ。ジンジャー」
 ……なるほど、そういうことか。
「ジンジャって、何、くろボンが、そんなこと言うなんて」
 別にふざけたわけではないのだが。
「いやあ、お客さん、わかっとるやないけ。どや? ワイと笑いの頂点極め」「ない」
 店主に肩を叩かれたので、力強く振り払う。このメニューはわざとか。わざとだな。
 六人分ともあって、少々時間がかかったが、無事かき氷が完成した。手にした瞬間、ひやっと冷気が伝わる。氷もこの暑さにやられて、みるみるうちに溶けていく。これは早いところ食した方が良さそうだ。
 ストローを開いたスプーンを差すと、シャクッと氷の音がした。食べ歩きは気が進まないが、そうも言ってられないので、まず一口。なるほど、氷の冷たさと、ほのかな甘み、しょうがの爽やかな辛みが後からくる。食べ進めると、少々寒気がしてきたが、しょうがの辛みでまたあったかく感じる。おいしいのかは、正直よくわからない。
 ふとしろボンに目をやると、頭を抱えていた。あおボンが心配そうに覗き込んでいる。一気にかっこんだので、お約束の「キーン」が来たらしい。それを見てあかボンみずいろボンが笑っている。
 かき氷を片手に、さらに参道を練り歩く。今度は射的に釣られ、しろボンがふらふらと吸い寄せられていく。

「さー、いらはいいらはい! ……って、なんや、またお前らか」
「あ、さっきの」
「よう会うなあ」
 この射的にも、あの黄色い店主がいた。いくらなんでも、掛け持ちしすぎではなかろうか。
「せっかくやから、遊んでってぇな」
「わーいやるやる!」
 しろボンは、二つ返事で銃を手に取った。簡素な作りのコルク銃。しばし右へ左へ構えて見せた後、的へ狙いを付けた。
 屋台の奥は、ひな壇のようになっていて、お菓子やおもちゃの類が並んでいた。その中で、一際大きな、うさぎロンぬいぐるみへ照準を絞る。片目をつむり、一つ息をはきながら、
「えい!」
 弾ける音。ぬいぐるみの肩口にあたったが、びくっと揺れただけ。コルクを装填し、もう一発。
「えい!」
 さらにもう一発。
「えい!」
 命中したが、わずかに動いただけ。まったく倒れない。
「はい、ここでしまいや」
「えー」
 店主から銃を取りあげられて、しろボンはふくれっ面になる。当たったんだけどなあ、とこぼしながら。
 眺めていたあおボンが、苦笑いをした。
「的が大きいと、重いので、倒れにくいんですよ」
 店主へ代金を支払い、あおボンも銃を手に取った。台に肘をつき、軸にして、右から左、獲物を見定めるように、銃口を流す。そして真ん中寄りやや左で止めた。その先には、片手で持てるようなお菓子箱。ゆっくりと引き金を引く。
 パン、と音がしたかと思うと、弾丸は箱の左上に命中し、そのままパタンと箱が落ちた。
「おお~!」
 一同、感心の声が上がる。くろボン自身も、思わず目を見張ったほどだ。
「すごーい!!」
 しろボンが、まるでしっぽを振る犬ロンのように、目を輝かせながら、あおボンにじゃれついた。
 一発で仕留めるとは、恐れ入る。そういえば、あおボンは、ボンバーファイターのテスト機で、いろいろ実験していたな、と思い出した。
「やるなあお客はん。お、ジンジャーくんもおるやんけ。どや? 一発」
 店主がくろボンに気づいたようで、射的を勧めてきた。「そうだな……」と呟きながら、銃を取る。銃口を、店主の眉間に向けた。
「いや、ワイちゃうわ」
『銃を人に向けてはいけないよ! ビーダマンと約束だ!』という声が、どこからともなく聞こえてきた。天啓か、あるいは幻聴だろうか。
「まあまあ」と、みどりボンが笑ってなだめながら、くろボンの銃を受け取った。身を乗り出して、上段右端に狙いを向ける。大きなおもちゃの箱のようだ。
 パン、と打つと、箱が少し横を向く。
 もう一発打つと、少し左に寄る。
 最後に一発、打つと箱が倒れ、ドミノのように、隣、さらに隣と倒れていった。
「だー!!!」
 店主が地団太を踏む。
「反則や反則!!」
「もちろんわかっているとも。ただ、こういうやり方はどうかなと、試してみたかったんだ」
「おたくら商売の邪魔や! お菓子はやるから、さっさと出てき!」
 しっしっと、店主に手で追い払われる。当のみどりボンは、「やりすぎてしまったかな」と笑いながら、まんざらでもない様子だった。この男、ただ者ではない。くろボンは警戒心が募ったが、みどりボンの敵意が感じられないので、まずはほっとした。かといって、気も抜けないが。

 主にしろボンの気の向くまま、そぞろ歩いているうちに、夜が深まっていった。いよいよ、この面々ともお別れだ。緊張から解放されることに、くろボンは胸をなでおろした。
 あおボンは、海王星の研究所へ帰るらしい。その途中、みどりボンの木星へ寄っていく。あかボンは、一旦火星の実家へ帰るというので、みずいろボンの自家用機に同乗することとなった。
 くろボンとしろボンは元来た道、他の四人は反対方向。道を分かちながらも、振り返り、お互いが見えなくなるまで、しろボンは手を振っていた。闇の向こうへ姿が消えたところで、ようやく腕を下ろす。
 くろボンは、一足早くに石段を下りていた。同じように、帰途へ着く人々が、ぞろぞろと下りてくる。しかし、しろボンはやってこない。まだ別れを惜しんでいるのだろうか。
「おまたせ!」
 石段の上に現れたしろボンは、両手に何かを持っていた。棒に、丸いものが刺さっている。……また何か買っていたのか。
 くろボンの隣に並ぶと、はい、と手のものを差し出した。赤くつややかに光っている。飴だ。呆れた目で眺めていると、「だってまだ二つ目だよ」、と言う。確かに、「食べ物は二つまで」と言った。決めごとからは外れてはいない。
 くろボンは、仕方なしに受け取った。しかし、持っているだけなのも、なんだかむずむずするので、思い切って頬張ることにした。甘さが口の中にしみこんでいく。まだ固いので、りんごまでたどり着くのに時間が掛かりそうだ。しろボンも、きままに飴をねぶっている。そのまま二人で歩きだした。
 こうしていると、昔を思い出す。祖父と弟と、一緒に縁日を練り歩いたときのことを。しろボンには、食べ物を二つまで、と言いはしたが、自分たちは、焼きそばたこ焼きかき氷チョコバナナ、お面を付けて水風船を釣り、境内を勝手に走り回った。広場では、太鼓と笛のお囃子が鳴り響き、皆で輪になり踊ったものだ。
 今は、その頃のように、心から楽しめるといったことはない。仕事だからか? いや。王子の後ろをついて回って、りんご飴一つだなんて、そもそも仕事と呼べるのだろうか。
 この国の平和は盤石で、揺るぎない。それは自分たちが頑張っているからとも言える。しかし、誰がそれを認識するだろうか? この日常が、延々と続くと思っている。
 平和なのはいいことだ。が、だからといって、このままでいいのだろうか──。
 頭の中で逡巡していると、ふと、しろボンの顔が目の前に迫っていた。こちらが反応するより早く、くわえていた飴の棒きれを掴まれる。
「えい!」
 そのまま勢いよく引っこ抜かれる。すぽんと棒が抜け、飴も一緒に外へ出る。反動で一瞬気道がふさがり、思わずむせかえった。
「……なにっ、するん、ですかっ……」
 しろボンは、きれいに抜けた棒を見て、「あーあ」と残念そうにこぼす。
「くろボンがずっとくわえてるから、おいしいのかなって気になって」
 そういうことではない。考え事をしていただけだ。……何を考えていたんだったか。忘れてしまった。
 それにしても、せっかくの飴がもったいない。積極的に欲しかった訳ではないのだが、味わっているところを邪魔されると、途端に惜しい気がしてくる。地面に転がった飴玉は、さっそくアリロンが群がり始めている。

「あ」
 しろボンが声をあげた。天を仰いでいるので、つられてくろボンも見上げる。
 すでに空は濃紺へ染まり、ぽつぽつと星が瞬いている。その中で、一際大きな光がちらついたかと思うと、すっと向こうへ流れていった。
「あれかな、今度来る隕石って」
「いや、それはもう少し先のはず……」
 ちょうど惑星直列の時分。大陽系の惑星が一つに並ぶころ、隕石が地球へ接近、ともすれば落下の予報があった。もうしばらくしたら、守備隊も厳戒態勢を取る。言い伝えでは、良からぬことが起きるとされていて、にわかに市中はざわついていた。
「落ちたら観に行きたいなあ」
「駄目です。危険ですので」
 ちぇーっとしろボンは口をとがらせる。そして再び、自分の飴をくわえて歩き出した。はっと気づいたようにこちらを見て、「いる?」とぬらぬら光った飴を差し出されたが、丁重にお断りしておいた。
 帰り道は静かだった。前方、後方に、おそらく城下へ戻るらしい人々の声がするけれど、間隔が開いていたので、まるで切り離されているようだった。ときどき、虫ロンの鳴き声がする。とっぷりと夜は更けて、空気から昼間の熱は失われていた。少し肌寒い。
「今日は楽しかった?」
「はい」
 聞かれて、つい返事をしてしまったのに、自分で驚いた。しろボンも、にわかに目を丸くしている。が、すぐにぱっと笑い、「そうか、よかった」と答えた。

「あ!」
 しろボンが立ち止まり、再び声をあげる。
「今度はなんです」
「流れ星にお願いするの忘れた!」
 そう言うとしろボンは、手を合わせ拝み始めた。天を仰いだが、流星はすでにない。ぼんやりと熱気の残る空に、夏の大三角、秋の四辺形、その他ぽつぽつと星が瞬くのみだ。今から祈って、ご利益はあるのだろうか。
「来年もお祭りに来られますように」
 そうつぶやきながら、平手をすりすりと合わせる。
「もう大人数はご免ですよ」
「来年もお祭りに来られますように」
「来るなら二人で」
「来年も……って、え?」
「え?」
 お互い顔を見合わせる。
 それではまるで逢引きではないか。ついうっかり口走ってしまったが、それこそ後の祭りだった。

 結局、件の隕石が予想の軌道を大きく外れ、くろボンたち守備隊は出番を失い、しろボンの願いは叶えられた。