天上界には友人がいてね

 天を仰げば、限りない漆黒だった。上等な絹の布地に、金の釦を散りばめたようだ。ときどき掠れた綿雲が覆ってしまい、星の輝きは陰ってしまう。天体観測には、およそ不向きだと思えた。
 反対側の空には、木星と土星が昇ってきている筈だ。少し前には宵の明星も見た。望遠鏡でもあれば、果ては海王星まで見られる位置取りらしいが、生憎そんなことをしていたら、今度は自分が星になってしまう。

 惑星直列の期に良からぬことが起こる、というのは本当らしい。

 王の乱心としかとれない行動が目立つようになったのは、今からおよそ一年ほど前だ。
 始めは国内の税が上がった。そして関税は下がった。軽減税率制を採用し、第三次産業については値を上げ、第一次・第二次産業については値を下げた。もっとも今まで税という税は有って無いようなものだったから、それが直接的な影響があったのかはわからないが、とにかく、惑星内外の農産物と工業製品は、結果として溢れかえる事態となった。
 そろそろ冬も近づいてくる時分であったし、ある程度の食料と資源は確保しておく理由もわからなくはない。しかし王は、それを市場に流通させる訳でもなく、己の城に貯め込みはじめた。集まった税金は、更に農業や漁業林業、工業の設備投資に費やされ、軍事予算にもだいぶ裂かれた。守備隊に今まで以上の資金と人員がつぎ込まれた。
 籠城戦でも始めるつもりか、こんな平和なところで──今となっては、日和っていたこの時の自分を恨めしく思う他ない。脅威は目の前に腰を据えていたのだから。

 気づいたのは、王が戦争政策を打ち出し、方々の惑星に進軍の命令を出した時だ。
 正気か、心の中でそんな言葉が零れ出た。
 今この地球が成り立っているのは、例えば木星で育つ木材や、土星から採れる鉱物、あらゆる星から物資を得ているおかげだ。それ以上のものが必要だというのか。あるいは天王星の澄んだ空気や水星の清らかな清流、単なる物では得られない、拠り所となる美しい自然に、自ら灰をぶちまけるというのか。
 王の狂気に気がつくのが遅すぎた。
 守備隊は親衛隊と名を変え、国家の安寧秩序を得る為、という名目で何度も駆り出されそうになった。その度、何とか思い留まらせようと試みて、頭を縦には振らなかった。しかし、いくらあっても説得は聞いてもらえない。あがいている間に陸海空軍は各地へ進軍し、いくつもの土地を蹂躙した。己が何の役にも立たないことに、きつく口を噛んだ。

 そこでくろボンは最後の手段に出た。心身を鍛える為城を出たしろボン王子に、王の説得を願うことにしたのだ。実の子であれば話を聞いてくれる筈だ。そう祈って。
 けれどその考えは甘かった。王は王子の言葉をはねつけ、あろうことか、反逆者とし処刑すると言い出した。自分の策が、まったくの裏目に出てしまった。
 しろボンの命が危ない。何とかこの城から、地球から抜け出させなくては。
 かねてより反乱軍なる組織と繋がりを見せていたグレイボン博士に事情を打ち明け、しろボンを保護してもらえるよう、くろボン自ら連絡を入れた。地球宮内での通信は、すべて傍受し管理されている。王もすぐ気がついたに違いない。算段では、もう間もなく追手が出迎えに来るはずだ。
 果たして、何人来るか。さすがに班単位で来ることはあるまい。二小隊か三小隊、もしかしたら中隊ほどにもなっているかもしれない。

 それを一人で迎え撃つほどの無謀を、さしものしろボンも理解しているようで、くろボンがこの格納庫のシャッターから離れようとしないのを、無理やり腕を掴んで、引き摺っていこうとした。だがくろボンも山の如く動かない。すると今度は自分もここに居座る、と言い出した。なんだそれでは、自分がここに残る意味がないではないか。
 心中するつもりはない。気にかけてもらえるのは光栄だが──彼は、生き延びなくてはならない。
 最後には、「死にはしない」の一言を信じてくれた。
 しろボンが、見定めるように、じっと眼差しを据える。くろボンも無言で返した。どうやら、嘘ではないと判断されたようだ。彼はようやくその場を去った。名残惜しそうに見えたのは、自分の思い上がりだろうか。

 そういえば。『人は死んだら星になる』というが。
 ふと亡くなった祖父の事を思い出した。自分はやさしい祖父が好きだった。けれど、生来からひねくれ者であったので、随分と悪いことも言ったものだ。
 ──嘘はつかない。人には優しく。粗末にしない。
 それが祖父の信条で、くろボンにも説かれたものだった。そうだ、また言いつけを破ってしまった。守れもしない約束をしてしまった。もし本当に星になっているとしたら、今にも頭の上から、雷でも降ってくるんじゃないか。
 それはもう少しだけ待っていて欲しいと思う。いずれ自分もそちら側に行くのだから。少なくとも今、この時だけでも。

 ──来た。
 すっかり慣れた夜目で辺りを伺う。うんざりするほど規則正しい足音。隊列に道を譲るように、空気がさっと裂けてゆく。二十人、三十人ではないな。もっと大きくて、長い。
 指揮するとなれば、当然セレスとパラスだろう。彼らはくろボンによく尽くしてくれた。一年前までは。
 今では彼らも、歴とした国王の信奉者だ。くろボンの話などに耳を傾けてはくれない。
 その心変わりを責めるつもりはないが、自分を殺しにくるというのなら、こちらも全力で抵抗する。
 かつては自分の右腕と左腕だった男たちだ。セレスはくろボンの頭脳を、パラスはくろボンの度胸を司っていた。お互いの手の内はわかっている。それを凌駕しなくてはならない。
 ボンバーファイターでなら負ける自信はない。ただこれは白兵戦。稽古したことがあるというくらいで、実戦の仕合をしたことがない。本気で殺しにくる相手に、いつまで持ちこたえられるかどうか──。

 ようやく目視で確認できるところまで来て止まった。ざっと計って八十人超、前面の二列ほどはレーザーガンを携えている。お椀型に囲むような陣形。それこそ籠の中の鳥、袋の中の鼠といったところか。
「くろボン『元』隊長。貴方の罷免が正式に決定されました。よって貴方は今、部外者だ。今ならまだよろしいが、そこをお退きにならないのなら、不法侵入者として、排除させて頂く」
 セレスが口を開いた。その口調は恭しいようでいて、微塵も敬意などは感じられず、むしろ蔑むような響きだった。
「俺はあいつに招待されたんだ」
「生憎指揮権は王子でなく国王にあるのでね」
 パラスも口をはさむ。
「我らは王より王子をもてなすように仰せつかっているのさ。任務を邪魔するのであれば、容赦はしない」
「任務だと」
 くろボンは鼻で笑う。
『もてなす』なんて言っておきながら、『容赦はしない』だなどと。自ら正体を白状してしまっているではないか。
「そんな大層な取り巻きをぞろぞろと連れて、王子に何の用だ? そこまでしないと会えないとは、天下の親衛隊が、聞いて呆れる」
「戯言を……」
 セレスが目元の皺を一層深くして、細く刺すような視線を向けた。
「我々は貴方とじゃれ合うつもりはない。そこを退かなければ、死んでもらう」
「俺を斃せるとでも?」
「その自信は、自惚れと知りたまえ」

 セレスが手を掲げた。振り下ろされて、火蓋が切られる。
 構えたガンが一斉に放たれた。銃口はくろボンの輪郭の内。
 レーザーガンtype-Scheler。多少は改良されていると見ていいだろう。それでも基本構造は同じで、引き金を引いてから照射までに気持ち若干のラグがある。
 距離を取るのは得策ではない。逃げる訳にはいかないからだ。逃げたら関心はしろボンへ行ってしまう。標的はあくまでくろボン、その命──。
 ならば飛び込む!
 地を蹴り宙にある体の横を、光線がいくつもすれ違っていった。急所さえ当たらなければいい。レーザーは空に拡散してゆく。
 一度撃ったら次発に間があるのが難点だ。見越して、後ろの列はすでに射撃体勢、マントを外して放ってやった。もちろんレーザーは布なんか簡単に訳も無く貫く。目くらましになれば十分だ。
 一人の兵士の頭を踏みつけ着地、向けられたガンを右脚で蹴り上げ、着かぬ間に左足で別の兵士の脚を蹴る。
 握っていたガンをもぎ取って、銃身で後ろの奴を打ち付ける。頭上に振り上げられた銃を紙のようにかわし、勢いで伏す相手を足で薙いだ。
 もみくちゃだ。至近距離でガンは役に立たない。相手は肉弾戦に切り替えようとしていた。
 銃口で腹を突く。鐘つきのように、今度は反対側の相手の顎。
 捻って後方へ蹴りを入れ、そのまま地面に蓋をする。
 開いたスペースから近づいてくる奴をガンで牽制、後ろ向きに視線でも牽制。真横の死角から気配がしたので、顔は向けないまま、肘を入れる。

 さすがに、数が多い。息が荒れる。
 足の捌きが段々と悪くなってくる。

 何人くらい倒しただろうか、三割あるかないか、野球だったら優秀だが、戦いにおいては残り七割に殺される。
 そうやって数を数えたのがいけない。
 視界の端に一点を灼く強い光。
 認識した時には、脇腹を深く貫いていた。

 くろボンの目の前で、他の兵士たちも倒れる。くろボンを撃つ為に、味方ごと撃ち抜いたのだ。
 人の所業じゃない!
 痛みよりも燃える憤りに、くろボンはセレスとパラスを睨んだ。すぐに別の銃が構えられる音がかすかに聞こえ、はっとして地べたに転がり込む。
 一発、二発、三発……。
 際限ない照射を何とか避けるため、そのまま地面で転げ回った。自らの重みで傷口が潰れ、体液が噴き出す。硬直して動かない足、擦り傷だらけの腕、朦朧としてくる意識……世界が回っている。
 止まったのは、パラスの足元まで辿りついたからだった。

 仰向けに見るパラスの表情。無造作に散らされている太い眉と髭。顔立ちはよく見知ったものだったけれど、目が違った。絶対零度を思わせる、感情すらも凍り付いた目。その双眸と視線が繋がった時、沈黙にヒビが入れられたように、にやりと気味悪く微笑んだ。
 腹を蹴られて、もんどりを打つ。
 気管が一瞬狭まって、反動で大きく咳き込んだ。一緒に内臓の中身も吐き出す。その様子に満足したような高笑いをあげて、パラスがくろボンの背中を勢いよく踏みつけた。
 きつく閉めた口から、呻きが漏れた。
「いい眺めだな」
「……お前の目は、腐ってるのか?」
 精一杯に口の端を吊り上げて言うと、また同じ傷口を蹴られる。
 目を向けた先に足があった。顔を上げると、セレスがわざとらしくしゃがんで覗きこんだ。
「貴方はご自分の立場をわかってらっしゃいますか? 元とはいえ仮にも親衛隊長だった人間が、謀反を起こしているのですよ?」
 お前らこそ自分の立場を弁えているのか……!
 国家とは、人がいてこそ成立するものでないのか。それを欺き踏みにじるなど!
 言ってやったつもりだったが、口が上手く動かない。息が継げない。言葉とも取れない音が漏れただけで、相手に伝わっているかもわからない。
 何とか頭を持ち上げて、目元に皺を刻むくらいに強く見据える。
 セレスは「こわいこわい」と小さくせせら笑った。
「……そうそう。確か貴方のお祖父様は稀代の科学者、Dr.プロフェッサーでしたね。お祖父さまがご覧になったら、さぞやお嘆きになることでしょう」
「言うな!」
 祖父が哀しむだと……!
 頭に熱気が遡っていくのがわかる。
 お前らが、じいさんの何を知っていると言うんだ!!
 大陽系に名を知られた科学者だった。世間には、ボンバーファイターの基礎構造を開発した、と認識されている。幼いくろボンにその偉大さはいまいちわからなかったが、孫たちに優しいように、他の皆にも優しい祖父であった。
 そもそもボンバーファイターとは、軍事用に造られたものではないのだ。宇宙空間での飛行を可能にしたコスモユニットや、耐熱・耐圧に優れた外装素材。それは、人間が足を踏み入れられない場所での、災害救助を目的としたものであった。
 それらが役目を果たさずに、人前で演技飛行に興じている。それはそれで、ボンバーファイターが必要とされ得る危険が起きていない証拠なのだから、むしろ、祖父にとっては喜ばしいことに違いない。
 それを他の星を制圧する目的に使うというのか!
 正義の名の元に蛮行に及ぶ悪。あるいは、神の名の元に裁きを与える人間。
 祖父の名を出されることは、そんな詭弁や冒涜にしか思えなかった。

 ──いや。
 くろボンは、心の中で頭を振った。
 怒りが一周してしまったのだろうか。先ほどまで胸を灼くほど燃えたぎっていた炎が、急速に冷えていくのがわかる。
「貴方はもう少し冷静だと思っていたんですがね。一時の感情に流されて、命を落とすことになろうとは……買いかぶりすぎたのでしょうか」
 微塵もそんなことを思っていない癖に、セレスはさも残念な風に目を瞑った。
 こいつらは、頭がおかしいのだ。
 セレスもパラスも、兵士たちも、言ってしまえば国王までもだ。
 そうでなければ、こんなことをする筈がない。
「……その言葉、そっくり返す」
「何?」
 パラスが落とした視線を訝しげにきつくする。
 きっと、こいつらは気づいていないのだ。
 『一時の感情に流されて』、くろボンにいつまでも止めを刺さないこと。くろボンを罵り、無力だ無様だと嘲笑いたいが為に。
 まともでいるセレスなら気がついただろうし、まともでいるパラスならとっととくろボンを殺していた。
 くろボンがここにいる理由。まだ辛うじて喋れるのに、動かない訳。
「本当に、お前らは、俺が死ぬとでも思っているのか?」
 先ほどの問いを、更に返す。
「何を──」
 セレスが口を開きかけた時だった。

 後方で地を震わす轟音が響いた。
 くろボン以外が、はっとしてそちらを向く。
「まさかお前……!」両名の四つの眼が、驚きに見開かれる。「最初から、そのつもりで──」
 ようやく、だな。
 少し遅れて、夜にちらめく炎が遠く彼方へ去ってゆくのを見て、くろボンは独り言ちた。どうやら、上手くいったらしい。
「追え!」
 号令が、ひどく遠くに聞こえる。兵士たちが、宇宙船の消えた方角へ一斉に駆け出してゆく。やってくれましたね……そう呟くセレスの声が、聞こえる。
 追わせはしない。
 逃亡者に気を取られて、パラスの足も離れていた。
「おい!」
 身を起こした。腹に力を込める。気が奔流となって渦巻く。
 やがて一つ所に収束する。
「あいつを仕留めろ!」
 残った兵士たちが飛び掛かってくる。
 セレスは顔を紅潮させている。
 パラスが後ろから掴む気配を感じる。
 写影機のように、コマ送りで。
「遅い!」
 同時にビーダマは放たれた。
 視界を劈く極光。膚をよだらせる空気。聴覚を麻痺させる低い振動。
 断末魔の叫びも許さず、あらゆるものを引きずりこんでゆく。
 地を抉りながら、太い帯は尾を引いてゆく。
 その先端が遥か彼方に消えるまで、くろボンは見つめていた。

 ようやくあるべき静寂を取り戻した時、立ち上がるものは誰もいなかった。こいつらが目を覚ました時、悪い夢からも醒めているといいのだが。
 くろボンは、動けない自らの体を無理やり起こす。激しく咳き込むと、赤黒い塊が飛び散った。お世辞にも無事とは言えないが、辛うじて生きてはいるので、約束は守ったことにしてほしい。
 宇宙船の発った空を、定まらない視界でぼんやりと眺める。辿り着ければいいな。……あいつがこの様を見たら、なんと言うか。怒るか、泣くか、嘘つきとでも言われるか。

「……俺は死なないさ」
 おかしくなって、ふっと笑った。
「じいさんの言いつけを破ったからな」